第35話 畏怖城の残光6-⑹


「ここの黄金は、苦しみながら消えた声なき者たちの魂と共に、永遠に埋もれるのだ」


「誰だ!出て来い!」


 姿なき援軍の声に、南三はあからさまな動揺を見せた。


「……出てこないのなら、こいつの頭を打ち抜くぞ。いいのか?」


「…………」


「よしわかった。……ならこうしてやる。悪く思うなよ、傘羽」


 理性を失った南三が引鉄にかけた指に力を込めた、その時だった。


「――うっ!」


 突然「ぱん」と乾いた音がして、南三の手から銃が弾き飛ばされた。


「ど、どこだ……あっ」


 大きく見開かれた南三の目がとらえていたのは、地獄太夫の絵にあいた穴とそこから立ち上る煙だった。


「独房の中から……なぜだ」


 南三がそう漏らした瞬間、地獄太夫の絵が壁からはらりと剥がれ落ちた。


「……大十間!」


 絵のあった壁にぽっかりと開いた穴から南三に銃を向けていたのは、大十間巌だった。


「なぜだ……なぜそんなところに穴が」


「知りたいか?なら教えてやろう。かつてここで脱出を試み、志半ばで力尽きた「友」の置き土産さ。ここにいればいずれお前が来るだろうと思い、先回りして隠れていたのだ」


「……くそっ、くたばりぞこないめ」


 南三は流山を突き飛ばすと銃を拾い、独房内の巌に向かってつきつけた。


「――死ねっ」


 南三がそう叫んだ瞬間、ぎいんと音がして再び南三の手から銃が消えた。


「……ううっ」


「こう見えても目はいいのでね。鉄格子の内側からでもお前さんを狙うことぐらいはできるのさ」


「――くそっ」


 坊馬は流山を放すと身を翻し、通路の奥に向かって駆けだした。


「……あっ」


 坊馬が奥の看守室に飛び込むと、かちりと内側から扉を施錠する音が聞こえた。


「どうしよう天馬君、籠城されてしまった」


「笠羽さんを連れてここを出ましょう。あそこから引きずりだしている暇はありません」


「――お父さんっ」


 小梢がふらつきながら近づいてきた流山に飛びつくと、流山はやせ細った腕で小梢を抱きしめ「すまなかった、私の考えが甘かったために」と漏らした。


「やあ天馬君、飛田さん」


 独房から姿を現した巌は、流介たちのところまで来ると親し気な笑みを寄越した。


「大十間さん、もう時間がありません。地上に戻ったら教会を出てすぐに船に乗りましょう」


「私の船は教会からやや西の海岸にあります。傘羽さんと小梢さんは私の船で本土に戻りますので、地上に出たら別々に行動しましょう」


「わかりました。お気をつけて」


 天馬が気遣いを見せると、巌は肩の意が降りたように晴れやかな表情を見せた。


「これで私の戦いも終わりました。坊馬に黄金を取り出すことはできません。行きましょう」


 巌は肩越しに看守室の方を振り返ると、目に憐れみの色を浮かべながら言った。


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