第34話 畏怖城の残光6-⑸


「大十間、まずはお前からだ」


 南三がポケットからナイフを取り出した瞬間、巌が鞭の巻きついた足をぐいと引いた。


「――うっ」


 体勢を崩され前のめりになった南三に、起きあがった巌の蹴りが容赦なく見舞われた。


「ぐえっ」


「今度は私がお前を黙らせる番だ」


 巌が南三の背後に回り手首を掴むと、驚いたことに南三の腕がごきりと鳴って手首を掴まれたまま身体が半回転した。


「なんだと?」


 巌が力を緩めた途端、南三の手が縛めをするりと抜けてねじれた腕が元に戻った。


「ははは、曲芸団にいると縄抜けの技も身に着くというわけだ」


「諦めの悪い奴め」


 巌が飛びかかると、南三は右手から腕輪を外し巌の額に打ち付けた。


「――がっ」


「こうなったら笠羽に直接、黄金の在りかを吐き出させてやる。あばよ」


 南三はそう吐き捨てると、流介たちに背を向け出口に向かって駆けだした。


「――待てっ」


 巌が南三を追って姿を消すと、しばらくして鎖が激しくぶつかりあう音と「ああっ」というどちらの物ともつかない叫び声が聞こえた。


「――大十間さんっ」


 流介は弾かれたように駆けだすと、洞穴の縁から崖下を覗きこんだ。


「あ……」


 流介は絶句した。はるか下の波打ち際に走り去る南三とふらつきながら追ってゆく巌の姿が見えたのだ。そしてさらに驚くべきことに、洞穴と地上を繋ぐ鎖が途中から切れてなくなっていたのだった。


「これじゃあ下まで降りられない……」


 下へ降りる唯一の手段を失った流介が呆然としていると突然、上からするりと縄のような物が垂れ下がるのが見え、同時に「この縄で上ってください。端は木に縛ってあります」という声が聞こえた。


 驚いて上を見た流介は、崖の上からこちらを覗きこんでいる人物の姿に思わず「あっ」と声を上げていた。


「舟雲さん……島には上陸しないんじゃなかったんですか?」


「皆さんのことがどうしても気になって……ここに来てみたら下から声がしたので、持ってきた縄を使ってみたのです」


「しかしそこまで登るだけの力があるかどうか……実は女性もいるのです」


「大丈夫ですよ。その縄を腰のあたりに巻きつけてしっかり結わえて下さい。あとは私が引き上げます」


「えっ、あなたが?ここにいるのは全員、大人ですよ」


「わかっています。私の筋肉を信じて下さい」


 そう言うと舟雲は拳を握り、これ見よがしに腕をつき出してみせた。


               ※


「助かりました、舟雲さん」


 崖の上に無事に引き上げられた流介は、一人で三人を引き上げて息一つ切らしていない怪人物に礼の言葉を述べた。


「いえ、礼には及びません。皆さん無事で何よりでした。岩だらけで密林の島ではなかったので、思い切って上陸してみたのが良かったようです」


 舟雲が満足げに目を細めると、天馬が「……小梢さん、お父さんの所に行きましょう」と言った。


「やっぱり行くのかい、天馬君」


「ええ。こうなったらきっちり片をつけなければなりません。……宝治さん、出港の準備をお願いします」


「わかりました。できれば陽が傾く前に桟橋まで来て下さい」


「……できるだけ間に合うよう、努力します」


 天馬は頷くと「さあ飛田さん、小梢さん。黄金を守る最後の戦いです」と言った。


               ※


「傘羽さん……傘羽さんっ」


「お父さん……お父さんっ」


 流介や小梢が大声で流山に呼びかけても、無人の伽藍の中で虚しくこだまするだけで一切返答らしきものはなかった。


「飛田さん、小梢さん。……ひょっとしたら笠羽さんは坊馬に捕まって地下牢に連れて行かれたのではないでしょうか」


 天馬の説に小梢は即座に「行ってみましょう」と頷いた。説教台の前の床を開け、階段を下りて地下牢の通路に降り立った流介たちを待っていたのは、思わずその場に凍り付くような光景だった。

 独房に挟まれた通路の奥で、流山が銃を突きつけられ苦し気な表情を浮かべていたのだ。


「笠羽さん!」


「……おっと、近づくなよ。そこから一歩でも動いてみろ。こいつの命はないぜ」


 南三は流介たちを牽制すると、流山の顎に銃身を押しつけた。


「どうやら観客たちが揃ったようだな。……傘羽、安全な黄金の取り出し方を教えろ。さもないと独房の床を片っ端から撃ってこの「城」ごと吹き飛ばしてやる」


「う……私がここにいる限りは……教えん」


 流山が頑なに拒むと、それまで余裕を見せていた南三の目が吊り上がった。


「この期に及んでいい度胸だ笠羽。娘と一緒に噴き飛ばされてもいいんだな」


「――できるものなら、やってみろ」


「なんだと?」


 声がしたのは南三が立っているすぐ横の、奥の独房からだった。

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