第26話 畏怖城の残光5-⑵


「変ですね……階段の下から明かりが漏れて来ています。誰かがランプの灯を絶やさぬようにしているとしか思えません」


「人がいる可能性があるってことかい?脅かさないでくれよ」


 流介と天馬は片手にランプを携えたまま、地下へと続く階段を下りて行った。


「……わっ、やっぱり地下牢だ。こんなところに閉じ込められたら生きては出られないぞ」


 流介たちが降り立った場所は、左右に独房が並ぶ文字通りの地下牢だった。

「一……二……両側に六つづつ独房がありますね。囚人を十二名まで収容できたようです」


「おかしいな。この島で死んだ囚人は、十三人なんだろう?」


「ここはある程度長く機能していましたから、囚人が監獄内で死亡して入れ替わることもあったのでしょう」


 流介と天馬は左右の独房をひとつづつあらためながら通路を奥へと進んでいった。


「あっ、この部屋だけ壁に何か貼ってあるな。錦絵か何かのようだ」


 一番奥の独房を覗いた流介が叫ぶと、天馬が肩越しに同じ独房を覗きこんだ。


「ははあ、写しかも知れませんが、これは地獄太夫の絵ですね。どうやって持ちこんだのかはわかりませんがいつ出られるとも知れない絶望を、鬼気迫る画風と重ねていたのかもしれません」


 流介ははっとした。天馬の説明は百分の一もわからなかったが、絵の凄みだけは理解できた。赤い服をまとった女性が無数の骸骨に囲まれている絵は脱出不能の地下牢と妙にあっているように思われたからだ。


「……見て下さい飛田さん。奥に扉がありますね。おそらく看守室ではないでしょうか」


 天馬が目で示したあたりには、確かに木でできた扉らしきものが見えていた。


「覗いてみましょう」


 怖い物知らずの天馬に促され、流介は引き返したい気持ちを堪えながら頷いた。


「いいですか、開けますよ」


 天馬は取っ手を掴むと、ためらうことなく手前に引いた。軋み音と共に扉が開くと真っ暗な部屋から黴臭い空気が瘴気のように流れだした。


「誰もいない……のか?」


 流介が顔を部屋の中に突っ込もうとした瞬間、闇の中でかちりという小さな音が聞こえた。


「飛田さん、避けて下さい!」


 突然天馬が叫び、流介が身を引くと「ぱん」という乾いた音と何かが壁に当たってはじける音が聞こえた。


「――あっ」


 流介と天馬が扉の左右に身体をひっこめた直後、黒い影が部屋から飛びだし流介たちの間をすり抜け去って行った。


「――待てっ」


 影は天馬の制止にも一切ひるむことなく奥まで駆け抜けると、そのまま階段の上へと姿を消した。


「猿渡……か?」


 逃げる影の手首に一瞬、龍の腕輪らしき物を見た流介はぼそりと呟いた。


「……戻りましょう飛田さん。僕らの目的は江島さんを見つけることです」


 天馬のいつになく慎重な物言いに、流介は「そうするしかないな」と即座に同意した。


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