第25話 畏怖城の残光5-⑴


 松前の冲、福島町から竜飛岬までととほぼ同じ距離の場所に、目的の地である松前小島――通称『十三棺桶島』はあった。


「やあ、見えてきました。あれが松前小島です。今日は幸い、海が凪いでいるのでさほどの危険もなく着くことができました。……ですが、海はいつどうなるかわかりません。半日後には船を出すのでそのつもりでいて下さい」


「わかりました。……あっ、何か建物の影らしきものが見えるぞ。ひょっとするとあれが『畏怖城』とやらか」


 天馬が指で示した先を見ると、なるほど確かに城塞にも似た何かが黒々と島の突端に見えていた。


「囚人を運んだくらいですから、どこかに船が着けられる場所があるはずです。桟橋のような物が残っていると助かるのですが……」


 舟雲が古城から目を反らしながら言うと、岸壁に打ち寄せる波が来る者の楽観を嘲笑うかのように白く砕けた。


「島は……島は苦手です」


「すみません、できるだけ早く江島さんたちを見つけられるよう、努力します」


 前方に小さな朽ちかけた桟橋の跡が見え、舟雲は船に大き弧を描かせると職人のようにぴたりと船をつけた。


「では、行ってきます」


「はい、お気をつけて。……厄除けに私の筋肉でも見て行きますか?」


「……いえ、またの機会にします」


「そうですか、残念です」


 舟雲は肩を落とすと、甲板に置かれた船を係留するための綱を拾い上げた。


               ※


「これが『畏怖城』か……思ったより小さいな」


 外見には監獄というより打ち捨てられた教会という体のその建物は、潮風に洗われ黒ずんだ石の外壁を来る者を拒むようにさらしていた。


「入ってみましょう。警戒を怠らないようにして下さい」


 二本の尖塔に挟まれたアーチ形の入り口をくぐると、がらんとした奥に長い空間が目の前に現れた。不揃いの石を積んで作られた壁には明かり取りの窓が穿たれ、硝子もないただの穴から外の風が吹き込んでいた。


「海からの風が入って来るせいかな、足元が苔生したみたいにぬるぬるしてる」


「この空間は長い事使われていないようですね。おそらく奥にある扉の向こうが礼拝堂でしょう」


「監獄っていうのはどのあたりのことを言うのかな。この辺には人を閉じ込めておくような部屋はなさそうだ」


「そうですね。地下にあるのかもしれません」


 薄暗い伽藍をランプを手に進んで行くと、ほどなく古びた木の扉に突き当たった。


「開けますよ……それっ」


 天馬が木の扉を開けると、匣館にもよくある教会の礼拝堂が目の前に現れた。


「……ここも無人だ。本当に小梢さんたちはこの島にいるのかな」


「飛田さん、説教台の前の床を見て下さい。蓋のように継ぎ目があります。おそらくあそこを開けて地下に行けるはずです」


「参ったな。本当にあるとは思わなかった。どうか地下牢の入り口じゃなく貯蔵庫の蓋でありますように」


 流介が尻込みしながら近づくと、周囲をあらためていた天馬が「やっぱり蓋になっています。手を貸して下さい」と言った。


「とほほ……しょうがないな。よいしょっと」


 流介が天馬と共に床板を持ち上げると予想通り、地下へと続く階段が現れた。

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