第24話 畏怖城の残光4ー⑶


「松前小島?知っていますよ。『奇岩島』でしょう?」


「奇岩島?」


「岩礁が多く船をつけるのが難しいのでそう呼ばれているのです。さらに船乗りの間でもう一つ、まことしやかに囁かれている通り名もあります」


「通り名?」


「ええ。それは『十三棺桶島』というのです」


「十三棺桶島……まさに『十三の棺桶』だ。なぜそんな名が?」


「噂ではこの島で死んだ人間の数だとも言われています」


「島で死んだ?無人島ではないのですか」


「今はそうだと思います。……が、かつては違ったようです。この島は以前、政治犯を収容する「監獄島」だったと言われているのです」


「監獄島だって?」


「十年ほど前、新政府が政府転覆や暗殺などを企てた政治犯を、二度と反乱を起こさぬように閉じ込めるべく孤島に監獄を作ったのだそうです。しかし政府の方針が幽閉から方向転換し、囚人を開拓の人夫として使役するという方へ舵を切ったことで潮目が変わりました」


「囚人たちが島から移送されたと言うことですか?」


「おそらくは。月形に新しくできた樺戸かばと監獄の方へ全員、移されたのだと思います。その際に過酷な旅に耐えられなかったり海で遭難して亡くなった囚人の数が十三人だと言われています」


「樺戸監獄……聞いたことがあります。前科者などが入れられて労働に駆り出され脱走は不可能、生きて出てこられるものはほぼ皆無という……」


 流介は寒風吹きすさぶ荒れ地で倒れてゆく囚人の姿を思い浮かべ、ぶるっと身体を震わせた。


「ところでその監獄は……今でもあるんですか?」


「廃墟になっているという話です。遠くから小さく見える様が不気味なので船乗りたちの中には監獄の跡を『畏怖城いふじょう』と呼ぶ者もいます」


「畏怖城……」


「元は手作りの教会だったといいますから小さな建物でしょうが、見た目が不気味なのでそう呼ばれているようです。時化の日に雷鳴に浮かびあがった「城」の影を見た漁師たちはすぐ引き返しどうか港に無事につけるようひたすら祈り続けたと言います」


「そこに何があるんでしょう?」


 流介が尋ねると、舟雲はあくまで噂ですがと前置きし「『海賊の黄金』があると言われています」と言った。


「海賊の黄金?」


「三百年ほど前、内地の海賊がルソン島のあたりを荒らしまわっていたそうです。その際、攻撃を受け船に積んでいた黄金を沈む海賊船から小舟で運びだしたという言い伝えがあるのです。……小舟に積める程度の金ではありますが、小さな寺が二つ三つ建つほどの価値があるとも言われています」


「そうか、猿渡はそれを狙って……待てよ、ひょっとして小梢さんのお父さんもそこに?」


 流介が問うと天馬が「おそらくは。ではなぜ地図の島と彼女のお父さんの居場所が同じなのでしょう」と返した。


「お父さんが島に隠した黄金を守っていると?」


「そうです。猿渡流男が黄金を求めて島に渡り、そこに小梢さんのお父さんがいたとします。お父さんが猿渡を追い払おうとすれば猿渡は「こいつは黄金の在りかを知っているに違いない」と思うでしょう。

 そうなったらきっと手段を選ばないはずです。首尾よく黄金の在りかを聞き出したら殺してしまうかもしれません。なにしろ地図を手に入れるために佐井さんを殺して桶に隠すような人物です」


 天馬がいつになく硬い声で言うと、舟雲が「なんだか穏やかでない話をされているようですが、まさか船で『十三棺桶島』に行く気ではないでしょうね?」と問いをさしはさんだ。


「もちろん、そのつもりです。今日うかがったのも宝治さんに船を出してもらうお願いをするためなのです」


「あんな恐ろしい島に行って何をするつもりです?私の船でも半刻以上はかかりますよ」


「黄金があるのは監獄の跡地ではないかと僕は考えています。そこに小梢さんのお父さんもいるはずです」


「畏怖城に行くだって?冗談じゃない。正気ですか?」


「上陸の手引きまでは望みません。船をどこかの岸につけてくれさえすれば、後は自力で何とかします」


「ううむ……簡単に言いますが海というのはたとえ近海でも恐ろしい物なのですよ。私は陸の人々が想像もつかないような物を色々と見て来ました。アフリカの沖で巨大な蛸に絡みつかれた漁船、北洋で大きな口を開けて船ごと呑みこもうとする白い鯨……あのとてつもなく大きな影は今でも忘れません。……陸に戻れば、寝床の中の悪夢のように消えるとしても」


「このあたりでそんな物は出ませんよ。せいぜい烏賊いか布袋魚ほていうおくらいの物でしょう。なんとか島まで行ってもらうことはできませんか。僕の船にはそれだけの耐久性がないのです」


「むう……わかりました。私自身は島に上陸しないで船で待っている――それで良いのなら行きましょう」


「ありがとうございます」


「けちな船乗りと思うかもしれませんが、私は本当に上陸が怖いのです。若い頃、私は無人島で恐ろしい物を見たのです。その辺に生えている得体の知れない物を食べた船乗りたちが……」


「体に変調でもきたしたのですか?」


「ああ、これ以上は言えない。どうか察してください」


「ひょっとして、その生えていた物というのは……きのこですか?」


「ああああああ」


「落ちついて下さい宝治さん。ここは無人島ではありません」


「ああああキノコが、キノコ人間がああ」


「大丈夫です、ここにキノコはありませんよ」


「キノコ人間が三輪車に乗って追いかけてくるううう」


 舟雲は頭を抱えると、先ほどまでの冷静さが嘘のように取り乱し始めた。


「天馬君」


「はい?」


「――君、ひょっとしてわざとやってないか?」


「……何の話です?」


 天馬は流介の問いをさらりと受け流すと、口許に天使の微笑みを浮かべた。


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