第23話 畏怖城の残光4-⑵


「なぜだい」


「純粋に神社の大きさだけで言うと、神社の中の小さな神社より単独でお参りする松前の『熊野神社』の方が規模が大きいからです。……さて、ここからが暗号解読の本番です」


 天馬は再び羽根ペンを持つと、松前町と福島町を結ぶ線を引いた。


「大熊が小熊の先を行く――つまりこの線の先端は松前側ということになります。そして「その先、道の上に十三の棺桶あり」は、その先に線を伸ばしてゆくことで明らかになります」


 天馬はそう言うと、松前町のさらに先へと線を足し始めた。


「天馬君、線をそれ以上伸ばしたら海に行ってしまうよ」


「それでいいのです。「道の上に棺桶がある」つまり線の「上」になにかがあるのです」


「線の上……何もないじゃないか。海しかないぞ」


「この地図は細かい地形までは描き込まれていません。しかしこの辺りに島があることは間違いありません」


 天馬はそう言うと、線の上――少し北にあたる海の上にまた丸印をつけた。


「この辺に実は、無人の小島があるのです」


「無人の島……」


「松前小島と言って漁師たちの間では知られた島です。この島がなぜ「棺桶」なのか?それさえわかれば謎は解けるはずです。飛田さん、僕はこれから船と船長をどうにかして手配します。放っておくわけにはいきません」


「えっ、まさか本当に『島』まで行くつもりかい?」


「大十間さんが小梢さんを追っていったそうですが、どうにも胸騒ぎがして仕方がないのです」


「よし、じゃあ僕も会社から休みをもらって一緒に行くよ」


「いいのですか?悪人がいる場所に足を踏み入れる以上、飛田さんの身にも危険が及ぶかもしれないのですよ」


「そうかもしれないが、ここまで深く関わったら僕も最後まで――少なくとも小梢さんとお父さんの身の安全だけでもこの目で確かめたいのだ」


「わかりました。ではすぐに準備を始めましょう」


「誰か海に詳しい人がいればなあ」


 流介が唸り声を上げると、天馬が「いますよ。最近知り合ったばかりですが」と言った。


「なんていう人です?」


「宝治舟雲さんですよ。何でもかなり若い頃から船に乗ってあちこち後悔してきたらしいですから。宝治さんのお住まいをこれから一緒に訪ねましょう」


「天馬君、いつの間に宝治さんと親しくなったんだい」


「ふふ、実はあの八幡坂での自転車競走で僕が勝った後、船乗り同志話が弾んだのです。住所もわかっていますし、きっと力になってくれるでしょう」


                  ※


 宝治舟雲の自宅は舟雲の端正な風貌とは裏腹に質素な和風住宅で、自室も清潔だが簡素な六畳間だった。


「こんにちは舟雲さん――あっ、どうされました?」


 文机以外は本棚くらいしかない部屋の中央には、なんと舟雲が苦し気な表情で伏していたのだった。


「ああ、天馬さん、それに記者さん。わざわざ家まで訪ねてこられるとは、何かあったのですか?」


 舟雲は寝床から体を起こすと、蒼ざめた顔に笑みを浮かべた。


「実は折り入って頼みがありまして……それより舟雲さん、御加減でも悪いのですか?」


 天馬が気遣うと舟雲は「いえ、身体は何ともないのです」と言ってふらふらと立ちあがった。


「実は時々、起き上がれなくなるほどの悪夢を見るのです。かつて船乗りだったころの記憶が何かの折に甦るのだと思います」


「悪夢……と言うと、どのような?」


「それは……」


 天馬の突っ込んだ問いに、畳んだ布団を壁に寄せていた舟雲の手が止まった。


「追いかけられる夢です」


「追いかけられる?」


「見るもおぞましい異形の人間が、三輪車に乗って追いかけて来るのです」


「三輪車……なぜ?」


「外国から買い付けた三輪車の売り込みが思うようにいかず、心の奥で悩みとなっていたのでしょう。それはよいのですが……」


「異形の人間とは?」


「キ……」


「キ?」


「……ノコ」


「きのこ?」


 天馬が畳みかけた途端、舟雲の瞳孔がきゅっと縮みそのばにへたり込んだ。


「あああああ、キノコが、キノコ人間が追ってくるうう!」


「どうしたんですか舟雲さん。キノコ人間なんていませんよ」


「頭がキノコの人間が、三輪車で追いかけてくるうう!」


 完全に錯乱している舟雲に動揺した流介は天馬に「どうしよう天馬君。医者をよんだほうがよくはないか?」と呼びかけた。


「そこまでする必要はないと思います」


「なぜわかるんだい」


「悪夢は一時的な症状にすぎません。……舟雲さん、息を深く吸ってください」


 天馬は舟雲の背後に回り首の付け根をもむと、静かに語りかけた。


「うう……はあっ、はあっ……ふううっ」


 二、三度深く息を吸って吐いた後、舟雲は元の穏やかな眼差しに戻っていた。


「どうです、悪夢は収まりましたか?」


「あ、はい……お見苦しいところをお見せしました」


「舟雲さん……あなたは船乗りとして様々な国や場所に行っていますよね?どこかの国で見たことのないキノコを食べたことはありませんか?」


「あ……あります」


「その時、悪夢を見ませんでしたか?」


「……みました。どぎつい色の光の渦に呑みこまれるような、最悪の夢でした」


「やはり。それはキノコの見せる幻です。その時の記憶が脳に刻みこまれていて、三輪車など他の悩み事と結びつくのでしょう。いずれにせよ過去の体験です。心配には及びません」


「たぶん、そうなのでしょうね。……ところで、今日はどういった御用件で私の家に?」


 舟雲は流介たちに正座して向き直ると、かしこまった口調で言った。


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