第22話 畏怖城の残光4-⑴
「だから、新聞社は遊び場じゃないんだってば」
「遊んでません。勉強させてもらってるんですっ」
新聞社に戻った流介が出くわしたのは、なにやら妙に騒がしいやりとりだった。
「おいおい、いくら瑠々田君が見習とはいえ、仕事の邪魔をしちゃ駄目じゃないか」
弥右の仕事を後ろから興味深げに覗きこんでいたのは何と宗吉の姪、石水若葉だった。
「あっ飛田さん、助けて下さいよ。若葉君がちょろちょろして仕事にならないんです」
「若葉君、残念だが弥右君の言う通りだよ。帰った方がいい。お店の手伝いもあるのだろう?」
「今日は亜蘭さんの日なんです。明日は私だから、今日しか来られる日がないんです」
「いや、別に招待したわけではないから、わざわざ来なくても……」
流が呆れつつどうやって諭したものか考えあぐねていると弥右が突然、「あっ、先輩。さっき天馬さんが来てました」と言った。
「えっ本当かい。……それで何か言っていたかい?」
「はい。『幻洋館』で待ってると伝えて欲しいと言っていました」
「天馬君が船で僕を待っている?わかった、じゃあ僕は港に行って来る。後を頼むよ瑠々田君」
「先輩、外に行くならこの子も連れて行ってくださいよ」
弥右の半分泣き言が混じった呼びかけに、流介は脱ぎかけた帽子を被り直し「瑠々田君、新聞社には色々な人が訪ねてくる。穏便にお引き取り頂くよう説得するのも仕事のうちだよ」と勿体ぶった口調で言った。
「そんなあ、ずるいですよ先輩」
「ではまた後で」
流介は背中に弥右の恨みがましい視線を感じつつ、新聞社を後にした。
※
「やあ、お呼びだてして申し訳ありません。会社の方にうかがったのですが、どうも間がよくなかったようで」
「君がわざわざ呼び出すということは、何か話があるんだよね?例の暗号の件かい?」
「その通りです。……まあ、あくまでも推理の一つにすぎませんが」
天馬は特に勿体をつけるでもなく淡々と言った。この男は何につけても安易に確信などは持たないのだ。
「推理でも想像でも何でもいいから、聞かせてくれないか」
「わかりました。では――」
天馬は「暗号」の内容を記した紙を机の上に置くと「いいですか」と言った」
「小熊の先を親熊が行く、ですがこれは実際の動物を意味するわけではありません」
「まあそうだろうね。問題は「熊」が何のたとえか、ということだろう?」
「そうです。飛田さんは何だと思いますか?」
「人物か場所……あるいは道具ってところかな」
「いいですね。僕は「熊」は場所であると考えました」
「場所?」
「はい。……飛田さんは『熊野神社』という場所をご存じですか?」
「なんだか聞いたことがあるな。あちこちにありそうな名だけど」
「その通り、『熊野神社』は全国にあります。熊野権現という神様を全国に分けたのであちこちに同じ名前の神社があるわけです。この北開道では松前町にあり、「大熊」か「小熊」かどちらかがこの松前の神社だと思われます」
天馬は突然、神社の話を始めると机の上に渡島半島を描いたと思しき地図を広げた。
「松前町はこの辺りですね。実はもう一つ、渡島の中に熊野神社と呼ばれる場所があるのです」
天馬は羽根ペンを取ると、ペンの先をインクに浸した。
「それはここ――福島町です」
天馬が丸をつけたのは、松前町から少し離れた松前と匣館山の中間あたりの場所だった。
「ここにあるのは福島大神宮という神社で一見、関係が無いように思えますが実はこの福島大神宮の「中」に『熊野神社』があるのです」
「神社の中に神社があるのかい」
「はい。福島大神宮の『熊野神社』は大神宮の境内にある「境内外神宮」と呼ばれるものなのです」
「境内外神宮?」
「大きな神社の中にある小さな神社のことです。この福島大神宮内にいくつかある境内外神宮の一つが、『熊野神社』なのです。飛田さん、この二つの『熊野神社』のうちどちらが大熊だかわかりますか?」
「「それはやっぱり大神宮の方じゃないのかい?」
「……と思うでしょう。僕は逆だと思います。つまり「大熊」は松前町の方の神社なのです」
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