第21話 畏怖城の残光3-⑹
「怪力なのですか?みたところお顔も整っているし、すらりと引き締まった体つきをされているようですが」
「顔など、整っていても意味はありません。海では邪魔なだけです。それより大切なのは筋肉です。こう見えても服の下は鍛えているのです。ご覧になられますか?」
「いえ、別に筋肉に不自由はしていませんので……」
「まあそう遠慮なさらずに。筋肉は良いものですよ」
いきなり服を脱ごうとした舟運を天馬はやんわりと宥めた。まったくどうしてこう、天馬君といると変わった人ばかりが寄って来るのだろう。
「なるほど、よくわかりました。ここに三輪車があるのも、商いと関係があるのですね」
天馬が問うと舟雲は首を振り「いえ、これは違うのです」と返した。
「私は自分の売った三輪車が様々な場所で乗られることを願っています。そのためには少々、走りづらい道でも心地よく乗れることを私自身が知っていなければなりません。そこで……」
「まさか三輪車で坂道を下りていると?」
「その通りです。……天馬さん、その自転車で私の三輪車と競争しませんか?早く、無事に坂の下までたどり着いた方が勝ちです」
「そうだなあ……まあ、これも何かの縁だしやってみますか」
「あ、天馬君、暗号のことで話が……」
流介が引き留めると、天馬は「じゃあ明日、船の方に来て下さい」と答えた。
「良いですか天馬さん。下まで一気に行きますよ」
「承知しました。では」
二人は自転車と三輪車の前輪を坂の下に向けると、「ようい……はじめ!」と叫んで飛び出した。
――参ったなあ。また不思議な知り合いが増えてしまったようだ。
流介が坂道を凄まじい速さで降りてゆく二人を眺めていると、坂の終わり近くで二つの影が接近し、「危ない」と流介が口走った直後、坂の上にいるにも関わらず衝突音が聞こえてきた。
※
――それにしても、江島小梢は馬車に乗ってどこにいったのだろう。
数日前から頭にこびりついて離れない疑問をあらためて反芻し、流介はため息をついた。
――やはりあの「暗号」と関係があるのだろうか。
天馬に暗号のことを聞きそびれた流介が、あれこれ思いを巡らせつつ八幡坂を下まで降りて元町に差し掛かった時だった。
「……あっ」
突然、一頭の馬車が流介も傍らで止まり、乗っていた人影が流介の方を見た。
「記者さんではありませんか。今日も取材ですか」
馬車に乗っていたのは日本人離れした長身の男性――大十間巌だった。
「どうです、『龍の腕輪の男』の消息はつかめましたか」
「いえ、それが残念ながらさっぱりです。実行寺の住職さんたちにも知恵を借りたのですが……」
「笠ちゃん……いや、日笠さんですか、なるほど。あの人なら何か良い知恵を授けて下さるかもしれません」
「伯爵はどちらに行かれるのですか?」
「知り合いが船で江差側の街に行ったのですが、どうにも心配になって家を出てきたのです。幸い、私には尻内に知人がいるのでそこで厄介になるつもりでいます。そしてもしも追いつけるようなら何とか手助けしたいと思います」
「伯爵……ひょっとして、そのお知り合いとは江島小梢さんのことではありませんか?」
「なぜそれを……」
「青柳町の『白藤』の店先で伯爵が小梢さんを馬車に乗せている所を見たのです」
「なんと……そこまで知っておられるのなら、急いでいる理由も察していただけるかと思います。一言だけ申し上げるなら、小梢さんはかつて私を助けてくれた方の娘さんなのです」
「娘……」
「恐らく小梢さんはその方に会いに行ったのだと思います」
「手助けをしに行くというのは、どういう意味です?」
「その方の命に危険が迫っている可能性があるのです。……もし無事に戻ってこられたら詳しいいきさつをお話しましょう」
「無事に戻ってこられたらと言うと?」
巌は流介の問いには答えず、「では」と言って一礼すると先を急ぐように馬車を出した。
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