第10話 畏怖城の残光2-⑴
動物使いの団員、
虎造は高さ四尺、直径五尺ほどの樽の中に手足を折り曲げ座るような形で収まっていた。
「……ふむ、身体の硬さから言って死後半刻以上は経っているようだ。身体のあちこちに痣があるが、見ただけでは事故か付けられた物かわからないな」
兵吉は樽の中の死体を覗きこむと、あからさまに戸惑いの表情を浮かべた。
「虎造さんを最後に見たのは、誰です?」
「私です」
集まった団員たちの中から一歩前へ進み出たのは、中年の男性だった。
「この男は私の遠縁に当たりまして、よそで食い詰めて仕事はないかと訪ねてきたのです。ちょうど曲芸団に参加したばかりだった私が団長さんに紹介し、動物の世話が得意だということで今の仕事に就きました。今日の朝までは元気だったのですが……」
「曲芸団に入る前は何をしていたか、ご存じですか?」
「いえ、わかりません。口数の少ない男でしたし」
兵吉が八方ふさがりだなというように鼻を鳴らすと、流介の傍らで様子を眺めていた弥右が「あのう、この『十三』って何です?」と図々しく尋ねた。よく見ると確かに樽の外側に『十三』という黒い焼き印があった。
「……団長さん、これが何かわかりますか?」
「さあ、職人が造った順に押していった数字ではないでしょうか」
「この大樽は、どこから購入したのです?」
「人の入れる樽を探してあちこち訪ねていた時、店で不要になった樽を引きとって欲しいという話が道具屋を通してあったのです」
「どういうお店かはわからないのですね?」
「はい。定かではありません」
「ううむ、この人は死を悟って自分で樽に入ったのかな、それとも誰かに……」
「殺されて、入れられたかですか?」
流介が我慢できずについ尋ねると、兵吉は「その可能性もあります」と答えた。
「とはいえなぜ大樽なのかもわからないし、この事件は謎だらけです」
兵吉がお手上げだと言わんばかりに肩をすくめると、団員の一人が「あたしは以前、内地の方でこれに似た光景を見たことがあります」と言った。
「内地で?」
「はい。私が見たのは棺桶でしたが」
「棺桶?」
「四角い箱みたいな物を使うこともありますが、こういった樽の中に仏さんを座らせ埋葬する地方もあるようです」
「じゃあ、樽を盗んだのは棺桶として使うため?」
「かもしれません。自殺か殺人かはわかりませんが」
樽の周りを一通りあらためた兵吉は「これは私の検分だけではどうにもなりませんな。死体の扱いを相談せねばならないし明日、あらためて捜査しましょう。今日はできるだけ皆さんから話を聞いて終わりたいと思います」と言った。
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