第9話 畏怖城の残光1-⑼
「いやあ、すごい曲芸師たちばかりでしたねえ」
弥右が興奮冷めやらぬ表情で言うと、若葉が「あら小さい記者さん、さっきまであんなに怖がってたのに」と余計な一言を口にした。
「なにを言うんだ、あれをみてどきどきしない君の方がどうかしてるよ」
「二人とももう止めたまえ。……瑠々田君、そろそろ帰るぞ」
流介がそう言って席から腰を浮かせた、その時だった。舞台の上が急にざわつき始めたかと思うと、それまで楽しげに踊っていた団員たちが一斉に動きを止めるのが見えた。
「どうしたんだろう。まだお別れの歌は終わっていないようだが」
流介が首をひねっていると「飛田さん、僕らは先に帰ります。……若葉、帰るよ」と宗吉の声が聞こえた。
「えーっ、私まだいたいなあ」
若葉が駄々をこねると、横から亜蘭が「若葉さん、そんなことじゃお店を任せられないわよ」と小言を飛ばした。
「ちゃんとできますっ。薬局は私に任せて、亜蘭さんは写真の腕をみがいて下さいな」
「もう、口だけは達者なんだから。……若旦那もちゃんとお小言を言わなきゃ駄目ですよ」
亜蘭が頬を膨らませると、宗吉が身を縮めるようにして「……そうは言うけどね。うちの家系は昔から代々、女が強いんだよ」と囁くように言った。
「若葉さん、今日のところは帰った方がいいですよ。僕らも舞台が落ちついて、周りが静かになったら帰ります」
流介がそう言って宗吉たちを見送ると、今度は兵吉が近づいて来て「飛田さん、なんだか様子がおかしいと思いませんか」と言った。
「様子が……確かになんだか不穏な感じがしますね。なにかあったんでしょうか」
兵吉に促されるまま舞台の方に目をやった流介は、団員たちのある動きに目を奪われた。
数名の団員が只ならぬ表情で団長の方にやってくると、あらぬ方を指さし何やら早口で報告し始めたのだった。
「どうも事件があったようですね。今日は休みですが、ちょっと様子を見に行ってきます」
兵吉はそう言い置くと体の向きを変え、舞台の方に移動を始めた。
「ちょっと兄さん、どこに行くの?」
亜蘭が兄の後を追おうとするのを流介は「ちょっと待ちたまえ亜蘭君、君まで行くことはないだろう」とたしなめた。
「だって気になるんですもの。……飛田さん、止めるくらいなら一緒に行きましょう」
亜蘭の有無を言わせぬ勢いに呑まれ、流介と弥右もやむなく舞台の方に移動を始めた。
舞台上では団長を含む十名ほどの人々が、右往左往しながら状況を確認し合っていた。
「一体何があったんです」
兵吉が団長に尋ねると、団長は訝し気な顔で「……あなたは?」と尋ねた。
「巡査です。今日は休みなので観に来たのですが、只ならぬ空気だったので来てみました」
「そうですか。……実は、行方がわからなかった大樽と、出番にも拘らず現れなかった熊の世話係が見つかったらしいのです」
「……ということは、世話係の方が樽を盗んだという事ですか?」
「そうかもしれません。……ですが、樽と団員が見つかった時の状況が何とも奇妙でして」
「奇妙?」
「はい。消えた世話係は、ここから少し離れた場所にあった大樽の中で死んでいたのです」
「死んでいた?樽の中で?」
予想だにしなかった出来事を前に、流介たちはしばし呆然とその場に立ち尽くした。
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