第8話 畏怖城の残光1-⑻


「みなさま、お待たせしました。ただ今より本日の目玉、『ハリ―と風寺の大脱出』をご披露いたします」


 団長が高らかに謳いあげると、舟雲にまるで連行されるように手足を鎖で縛られたハリ―が姿を現した。


「本日の脱出はハリ―氏が手足を縛られた状態で木箱に入り、僅かの時間で箱の外に脱出してみせるという物であります。相棒の風寺氏によれば、この木箱は一定の時間が経つと下の台から火が出て箱全体を包みこんでしまうとのことです。さあ、この死の箱から果たしてハリ―氏は時間内に脱出することができるでしょうか。見事、やり遂げましたらご喝采」


 団長の口上が終わると風寺が箱のふたを開け、鎖でがんじがらめにされたハリ―が荷物のように押しこまれた。


「ハリ―氏を鎖でがんじがらめに致しますのは縛りの達人、宝治舟雲氏であります」


 団長が紹介すると、先ほど言葉を交わした端正な顔の男性が深々とお辞儀をした。


「念のために申し上げておきますが、私は彼を縛るという役割に置いて一切、手抜きをしておりません。……これが、彼を縛っている鎖の鍵であります」


 舟雲がそう言って鍵を見せると風寺が「では……閉めます」と言って、箱の蓋を閉めた。


「さあ、いよいよハリ―、風寺、舟雲の三銃士による大脱出を始めましょう。それでは用意……始め!」


「始まったぞ。どきどきするな」


 流介が身を乗り出すと、弥右が「鍵まで付けられたらおしまいですよ」と震え声で言った。


 時間が経っても箱が大きくがたつく様子はなく、やがて風寺がどこからともなく火のついた松明を持ってきて台の下にある隙間に差し入れた。


「ああっ、燃えてしまう……」


 弥右が怯えた声を漏らすと、薪でも入っているのか台から吹き出した炎が木箱の底を舐め始めた。


「わあすごい、早く出ないと丸焼きになってしまうわ」


 悲鳴と言うより興奮に近い叫びを上げたのは、若葉だった。


「早く……早く脱出して」


 弥右が涙交じりにそう呟いた瞬間、箱の蓋ががたがたと動き内側から勢いよく開けられた。


「――あっ」


 黒い煙に包まれた箱の中から現れたのは、片手に手錠が残っているだけのハリ―だった。


「あの鎖を……どうやって」


 ハリーは素早い動きで箱から脱出すると、地面に降り立ち煙の出ている靴を地面に擦りつけた。


「やった、助かった!」


 大歓声の中ハリーが手錠を外すと、風寺が手桶の水ですぐさま火を消しにかかった。


「すごいなあ。ハリーさんも風寺さんも、いつの間にあんな芸ができるようになったんだ」


 流介が目を瞠っていると、ハリ―、風寺、舟雲の三人が客席に向かって恭しく一礼した。


「今回も素晴らしい脱出芸でした。それでは団員全員による歌と踊りで皆さんとお別れいたしましょう!」


 団長が両手を広げて叫ぶと道化師やら曲乗りやらがぞろぞろと舞台に現れ、客席に手を振りながら踊り始めた。

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