第7話 畏怖城の残光1-⑺


「あらっ、飛田さん、曲芸団を取材にいらっしゃいましたの?」


 観覧席に戻り席に腰を据えた途端、背後で聞き覚えの鳴る声が流介の名を呼んだ。


「――絢さん?」


 振り返った流介ににっこり微笑みかけたのは末広町の古書店『言之葉堂』の娘、絢だった。


「まさかこんなところで飛田さんにお会いできるとは思いませんでしたわ。……ところでそちらのお若い方は?」


「ああ、最近、見習いで入った瑠々田君だ。まだ十九歳で元気がいいのはいいんだが、放っておくとどこにでも飛びこんでしまうんで、僕も手を焼いているんだ」


「はじめまして、『匣館新聞』の瑠々田弥右と申します」


 弥右は流介の嫌味を柳に風と受け流すと、絢に向かって恭しく一礼した。


「はじめまして。乙葉絢です。末広町で古本屋を手伝っています」


 流介は胸の内でこみあげる笑いを噛み殺した。一見するとたおやかな美少女と純朴な少年の挨拶に見えるが、二人とも見かけと違ってなかなかの癖者なのだ。


「ところで絢さん、わざわざここまで曲芸見物に来たということは、何かお目当ての出し物でもあったのかな?」


「いえ、そうじゃなくて……ほら、あそこで踊っている美しい人が見えるでしょ?あの人、私の知り合いなの」


 絢の目線を追って舞台を見た流介は、休み時間に披露される美しい踊りに目を奪われた。


「あの人が?へえ、天女みたいに華麗な動きだね」


「神社の宮司さんにお世話になっているそうだから、神楽の動きなんかも取り入れているんじゃないかしら」


「なんていう人?」


江島小梢えとうこずえさんよ。普段は弁天町の厳島神社と青葉町にある『白藤しらふじ』っていう文具店で働いてるわ」


「ふうん……亜蘭君も君も、顔が広いなあ」


 流介が何気なく亜蘭の名を出した、その時だった。


「あら、絢じゃない。どうして飛田さんたちと一緒にいるの?」


 ふと近くで声がして、流介はぎょっとしながら声のした方を見た。


「ついさっき、たまたまお会いしたのよ。私はあの踊っている人を見に来ただけ」


 絢が舞台で踊っている女性を指で示すと、亜蘭は「ああ、あの人。綺麗よねえ。さっきから写真に撮れないかって思ってるんだけど……」と語尾を濁した。


「それは無理よ。写真ってじっとしてないと駄目でしょ。あれだけ動いている人を写真機で撮ろうなんて思いあがっちゃ駄目」


「言ってくれるじゃない。いつかは動く人も撮れる優れた写真機ができるはずよ」


「うふふ、早く来るといいわね」


 流介が絢と亜蘭の挑発合戦をはらはらしながら聞いていると、近くで突然「ああん、終わっちゃったわ。せっかくあと少しで描けそうだったのに」と刹那の嘆く声が聞こえた。


「あら、素敵な絵。踊ってた彼女にも見せてあげたいくらい」


 刹那の絵を見た絢が目を輝かせて言うと、亜蘭が「刹那さん、もっとすごい絵を描くのよ。……もっとも、あんたにわかるかどうかは疑問だけど」と再び火種になりかねない呟きを漏らした。


「絵なんかろくに描いたことないくせに」


「なんですって」


 絢と亜蘭が流介たちの見ている前で火花を散らし始めると、後ろから「何やってんだ亜蘭。いい加減に騒ぐのはやめなさい」と諭すような言葉と共に兵吉が姿を現した。


「あ……兵吉さん」


「兄さん、私、後半はここで見て行くことにするわ。飛田さんたちもいるし」


「それはいいが、飛田さんたちに迷惑をかけるんじゃないぞ」


「はあい」


 思いがけず大所帯になった流介たちが並んで舞台に目を戻すと、どうやら出し物の準備が終わったらしい舞台上に団長が姿を現した。

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