第6話 畏怖城の残光1ー⑹


「あなたは……?」


「私の名は宝治舟雲ほうじしゅううん。船乗りで商人です」


「あなたも曲芸団の人なのですか?」


「そうではありません。熊の曲芸に使う三輪車を売り込んだのが縁で、脱出芸の「縛り係」を受け持つことになったのです」


「縛り係?」


「はい。それ以上は申し上げられません。脱出芸は今回の興業最大の売り物なのです」


「あのう……ほんの少しでいいので、覗かせてもらうわけにはいきませんか」


「残念ですがたとえ練習といえども芸の裏側を観客に披露することはできません。客席でお待ちください」


 弥右の図々しい頼みを舟雲が礼儀正しくもぴしゃりとはねつけた、その時だった。


「ハリ―、大変だ。脱出に使う大樽がどこかへ消えてしまった」


 汗を拭きつつ血相を変えてやってきたのは、曲芸団の団長である花夢だった。


「なんですって?どうするんですか」


「代わりの物を用意するしかないが……んっ?この人たちは?」


「新聞社の方たちだそうです。楽屋裏を覗かせて欲しいというので丁重にお断りさせてもらっていたところです」


「ああ、そうか。それはまあいいとして、脱出はとりあえず大樽から木箱に変更することにしたいんだが大丈夫かな?」


「大丈夫ですよ。木箱でも何度かやっていますから」


 ハリーと風寺がそう答えると、花夢はほっとしたように「それは助かる。じゃあさっそく木箱を運ばせよう。……それにしても一体誰があんな大きな物を持っていったのか……」と言った。


 ぶつぶつ言いながら木箱を取りに行こうとする花夢に、流介を差し置いて弥右が突然「なんだか災難続きのようですが、たしか熊の世話をする人も到着していないんですよね?」と尋ねた。


「んっ?確かにそうだが、君も新聞社の社員なのかね?随分と若いようだが」


「ええそうです。まだほんの見習いですけど」


「だったら午後のショウも見て、花夢曲芸団は不測の事態にも見事に対処したと書いてもらえないかな」


「もちろんいいですよ」


 いともあっさり承諾する弥右を見て流介はぎょっとした。おいおい、記事を書くのは君ではないだろうに。


 流介が呆れていると、花夢は外部の人間がいるのにも構わずてきぱきと指示を飛ばし始めた。


「まずはハリ―君がこの木箱から無事脱出し、拍手喝采を浴びるところまで成功させなければならん。舟雲さん、風寺さん、大丈夫かな」


「もちろんです。私の考えた脱出法の通りにやれば必ず、しかも難なく成功するはずです」


 風寺が自信たっぷりに言いハリーが同意をしめすと、意外にも舟雲が「そう簡単には行かぬよう、縛らせて頂きます。観客がじらされやきもきするのを見るのが私の至福ですから」とあっけにとられるような言葉を口にした。


「瑠々田君、行こう。僕らが長くいればいるほど、出し物の開始が遅くなってしまう」


 流介が促すと弥右は「うーん、やっぱり邪魔なのかなあ」と残念そうに肩を落とした。


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