12 白紙
「ん、……あ」
ナニエルは身体を起こした。眠りすぎたときのような頭痛が頭の奥でしていた。
「やっと起きたんだ」
ミカの声がする。辺りを見渡す。そこは、何もない場所だった。真っ白でなめらかな地面が360度広がり、地平線まで凹凸なくまっ平に続いている。空を見上げても真っ白だった。まるで、
「ここはどこ?」
ミカは膝を抱えるようにしてナニエルのそばに座っていた。肩をすくめる。
「さあ。月とか?映画が観れなくて寂しい場所だね」
ミカはナニエルよりも先に起きてしばらくこの空間にいたらしく、途方に暮れたような顔をしていた。
「僕たちはアキに物語を書くように説得に行った。で、子供管理局に捕まりそうになっているアキの手を握った……」
「私たちの記憶が合致しているようで良かった。手を握ったらアキのペンダントが発光し、次起きたらここにいたというわけ」
「ペンダントの光についてどう思う?」
ミカは少し首をかしげるようにした。
「今までペンダントの光は、感受性の残りを表しているのかと思ってた。感受性は、どの子供にも平等に与えられ、どの大人にも平等に奪われるものだから。でも、アキのペンダントは私たちに触れた瞬間光った。光は……何だろうね、創造力かもしれない」
ナニエルは立ち上がって数歩歩いた。ナニエルの歩いた足跡が、まるでノートの上に鉛筆で線を引くようにざらざらした一本の線となって残った。
「ここには何があるのか僕が寝ている間に調べたりした?」
ミカの足元から二本線が出ていた。一方の方向に歩いて、そして自分の付けた線をたどってこの場所まで戻って来たのだろう。
「あっちには何もなかったよ」
「他の方向は?」
「知らない。でも行かなくてもわかる」
ナニエルはミカの線とは反対側に歩き出した。ミカはその場に座ったままで特にナニエルを呼び止めることなどはしなかった。
ナニエルはまっすぐに歩いて行った。と言っても、目印もランドマークもないこの場所では、自分がまっすぐ歩いているかどうかはわからなかった。時々振り返って自分の付けた線を見て、どちらかに曲がっていないか確かめながら進んだ。
ただ虚無が目の前には広がっていた。どれだけ歩いても身体は疲れなかったが、精神が疲れてきて人恋しくなり、Uターンしてミカのもとに戻ろうかと何度も考えた。しかし、ミカのもとに戻ったとて虚無であることに違いは無い。ナニエルは歩き続けた。
どれほど時間が経っただろうか。体感で一日、地球での24時間はゆうに経過しているだろうかというころ、急に足元の白い地面が無くなった。今まで全く変わらなかった景色に突如として現れた黒々とした空間。まるで、深い谷間のように口を開けた黒い空間は、ナニエルの足元から白い地面と直線で区切られていた。まるで、コピー用紙の淵まで来てしまったようだった。
『ここから先は無いんだよ。ごめんね』
頭の中に声が聞こえた。ラジオで聞いていた声だった。アキの声だ。振り返るとそこに、オンボロのラジオが置いてある。
その瞬間、ナニエルは理解する。このラジオ越しにナニエルはアキとたしかに通話をしていた。でも、その記憶はあるのに、実際のナニエルはラジオを通じて話を聞いていただけで通話をしたことは無い。自分は
『ピピ、ガー――ツー……誰かそこにいるの?』
ラジオからノイズが流れ、そして少年の声がした。知らないけれど、知っている。彼はケロだ。
「にんにちは、いや、こんばんはかな」
『君はナニエルだよね。僕はケロ』
「知っているよ」
『少し話さない?』
「いいよ、話そう」
ナニエルはラジオの前まで歩くと、その場に腰を下ろした。
『アキはあれからずっと机に向かっているんだ。書いては消し、何かを生み出そうと必死で頑張ってる』
「アキを救いたくて僕はあの部屋に行ったんだ。アキが今物語を書いているのなら良かった」
『それがそんなに良くないんだ』
ケロは声のトーンを落とした。
『アキはまだ書けない。アキの頭の中はもう白紙なんだ。空っぽだ。アキは、自分一人のために物語を創ることを決意したけれど、やっぱりなんにも書けないんだ。僕しかアキの頭の中にはいない。僕はアキの作り出したある物語の主人公ではあるけれど、子供の頃のままごとの思い出なんだ。ただの思い出なんだよ』
やはり、創造力は子供にしかない才能で、アキにはもう残っていないのだろうか。だとしたら、どうやってアキを救うことができるだろう。ただの創作物である自分と、ただの思い出であるケロにできることなどあるのだろうか。
「そうだ、映画は?映画じゃなくてもいい、なにか、ゲームとか、本とか、絵とか、何でもいいから芸術を食べたらいいんじゃないか?そうしたらミカみたいにペンダントの光を長持ちさせて、続きが書けるかもしれない」
『ミカも言ったでしょ。そんなのその場しのぎに過ぎない狡い時間稼ぎだよ』
ケロは言った。そして、少し間を置いてから言った。
『ナニエル、もうこれしかないよ。アキを部屋の外に出すんだ』
「そんなことしたら大人になってしまうよ。子供だから物語を創れるんであって、大人になってしまったらもう無理だ!」
『ナニエル、この世界の大人の定義は何?いや、死ななくてはならない基準って何?20年以上生きたこと?精神が成熟したこと?外に出て働いていること?違うよ。創造力を失うことだよ。創造力さえ失わなければ、外に出ても死ななくていい。アキは大人になるかもしれないけれど、この世界で生きることはできるんだよ』
「大人になって生きる……?」
『この世界の仕組みのネックは、人から評価されなくちゃ創造力を測ることはできないこと。僕らがその仕組みさえ変えられれば、アキはこの世界で大人として、創作者として生きられる』
ナニエルはベニの言葉を思い出す。「彼女に続きを書いてもらおうとするのなら、真っ先にやらなくちゃならないことは、彼女をその部屋から連れ出し、新たな世界を見せることだね」とベニは言った。あの狂った創作者はアキの創造力のことについて核心をついていた。
「でも、仕組みを変えるなんてどうやって」
『一つだけ思いついたことがあるんだ』
ケロはナニエルにその計画について話した。
『へへ、いつも頭悪いってみんなに馬鹿にされる僕だけど、なかなかいい作戦でしょ?』
ケロはすべて話し終えた後、照れたように、少し自慢げに言った。
「それじゃあ、ミカも連れて、さっさとこの白紙から出よう」
ナニエルのそばに水色の軽自動車が現れる。ホシの持っていた自家用ロケットだ。ナニエルはその運転席に飛び乗った。
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