9 公園

「人って、死んだらああなるんだ。初めて見た」

 ナニエルは少しまだ震えて冷たい自分の手を開いたり閉じたりした。

「大人ってものの姿は本来あれなんじゃないかと思う」

 ミカは変わらない調子で言って、地面を少し蹴った。ブランコが少し角度を持って振り子運動した。二人以外誰もいない小さな公園は、地球からの光で、少しだけ青白い光で満ちていた。

「死ぬのはみんな、大人だよ」

 ブランコの鎖がきいきいと微かな音を立てる。

「僕は死にたくない」

「ならまだ子供なんじゃない?」

 月の都市には風は無かった。しばらく二人はそうしていた。

「僕らの間でひとつだけ共通していることがある。それは、アキの描く続きが知りたい、ということだ」

 ナニエルは勢いをつけて何度かスイングすると、飛び降りた。鎖が音を立てる。

「このままじゃいつか、アキも大人になるよ」

 ミカはナニエルの首にかかったペンダントをちらりと見た。子供と大人を分かつ、否応ない変化。

「残念なことに、そうなんだよね」

 ミカもブランコから立ち上がった。そして公園の外へと歩き出す。

「どこへ行くの」

「これだけ時間が経ったし、ロボットが死体を片付けてくれているはず。私は部屋に戻って映画を観る。誰かがアキに何等かの関与をしたら今のアキが壊れてしまうのだから、私たちにできることはない。私たちは提供者でもなんでもなくて、アキといういち創作者の新作を望むファン。ファンならファンらしく、ただ祈るしかない」

 公園にナニエルは取り残される。手は無意識にペンダントに触れていた。ペンダントから出た光によってホシは死んだ。子供の持つ力によって大人は死んだ。この光は何を意味しているのだろうか。子供には全員平等に与えられ、時間とともに失われる光。感受性というものなのだろうか。それとも、創造性?空想力?

「いつかアキにも期限が来る。書けないままじゃ死ぬ。アキだって、死にたくないんじゃないか?」

 ナニエルは遠ざかっていくミカの背中に言った。ミカは足を止める。

「そんなことわからない。大人になるくらいなら死にたいと思う子供はたくさんいるよ。あなたがそうじゃないだけで。あなたはいちファンのくせにアキの何を知っているの?」

「君こそアキの何なの?部屋に籠って映画を観ているきりじゃないか」

「私は芸術を食べているだけ。それが生きがいなだけ。食べているうちは感受性が少しだけ延命される。でも勘違いしないで。私はあなたとは違う。あなたのように生きたいというのが最終目標になっているわけじゃない。生きることはよりよい芸術をもっと食べていたいから。ただの手段なの。私の期限が来たら甘んじて受け入れて死ぬ。だって大人になって感受性が死んだら今のように良いものを良いものとして感受できなくなるんだよ。そんなの美食家が味覚を失うようなもの。アキの何なのか、と聞いたね。私はあなたと同じアキのいちファンだよ。芸術を食べすぎて舌だけ超えた美食家。私は一番美味しいアキの作品を食べるためにあえて何もしない、ただ待つことをしてる。味の落ちた作品を食べるくらいなら、最初から口に入れたくない」

「僕がそれでもアキのもとに行って、書いて欲しいと願うと言ったら、止める?」

「最初からずっとそう言ってるでしょ」

 ミカはいらついた声で言って、胸元からわずかに光るペンダントを取り出す。先ほどよりも光が弱くなっているように見える。少しミカの目が泳ぐ。

「僕は君ほど芸術というものに詳しくない。君の言葉を借りれば、舌が肥えているとは言えない。今まで僕のすべての目標はできるだけ長く生きることだった。だからわかるんだ。生きたいと思う気持ちが。この世にもう少しとどまっていたいのに、その力がなくて苦しむその気持ちが。僕はアキを救けたいんだ。もしもアキが僕と同じように苦しんでいるのならどうにかしてあげたいんだ。アキの作品の芸術的価値はどうでもいい。アキが書くことで救われるのなら、書けないことで苦しんでいるのなら、なんでもいいから書いて欲しいとそれだけ言いたいんだ」

「あなたは無責任で独りよがりな正義感を振りかざして、自分の行為を正当化しようとしているだけ」

 ミカがペンダントに手をかけたのでナニエルは身を固くしたが、ミカはペンダントを胸元に仕舞っただけだった。ミカはまたナニエルに背を向け、今度は少し速足で来た道を戻り始めた。

「君だって死にたくないんだ」

 ナニエルは言った。

「本当は他人の作品を食っているだけで何も生み出せないでいる。期限が来たら大人しく死ぬつもりだと君は言ったけど、ペンダントの光は、本当はもうないんじゃないのか?ずっと映画を観続けないと、光が失われるんだろ?君は芸術を食って延命し、ただ生きていることだけを言い訳にしている」

 ミカはナニエルを睨みつけた。

「アキを救けに行こうよ。僕らの時間はもうそこまで残されてない。僕らの間でひとつだけ共通していることがある。それは、アキの描く続きが知りたいということだ。君はアキの作り出す芸術的価値を求めているけれど、アキの生きたいと思う気持ちも理解できるだろ。駄作でもいい。僕はアキに書いて欲しい。アキに生きてほしいんだ」

 少し沈黙があった後、ミカは口を開いた。少し自嘲気味に言う。

「全部見破られちゃった。そうだね。私もアキには私のような狡い延命じゃなくて、創作者となって胸を張ってこの世界に生きていて欲しいかな」

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