5 カフェテリア

「わざわざ命を危険にさらしてまで取ってきたそれ、私にも見せてくれないかな」

 ホシはナニエルの向かいの席に腰掛けながら言った。深夜のカフェテリアに客はナニエルとホシの二人だけで、カウンターにも人はいなかった。店内に流れるピアノの曲がやけに大きく聞こえる。

 ナニエルはフードの陰から上目遣いでホシを見た。少し辺りの様子を見渡してからホシにラジオを手渡した。

「あなたは提供者ですよね」

「そうだね」

 ホシはナニエルから受け取ったラジオをいろいろな角度からしげしげと眺め、アンテナやつまみをいじった。時刻は真夜中に近かったが、ラジオは全く音を出すことはなかった。

「今まで一度も僕のもとに提供者が来たことはなかったのに、どうして僕が管理局員に殺されるタイミングで僕を助けに来たんですか?助けるのならもっと早く助けに来てくれてもよかったのに」

「助けてもらった立場のわりに強気だね。さすが子供」

 ホシは少し笑った。

「提供者もなかなか人手不足でね。新人作家の世話に手が回らないこともある。だからまあ、少し支援の手が遅れることもあるけれど、今回は運よく間に合った」

「大人は大人の都合ばかりだ」

「子供だってそうでしょ。すべての子供の面倒なんか見ていられないよ。ワークライフバランス。それに、この世界にはもっと幼いころから作品を創り続けている子もたくさんいる。その子たちの支援で仕事は手一杯」

「その子たちは僕より相当良い作品ばかり生み出していたんでしょうね」

「さあ?私の仕事は子供の創作物を世の中に発表するのを支援すること。いわばプロデュースだよ。私には正直良い作品も悪い作品もよくわからない。ただ、ウケそうな作品とウケなそうな作品の違いをかぎ分けられるだけ。幸い、私は腕がいいから、私が支援を担当した子供の作品はどれも有名になって、いくつかの作品の中のキャラクターは今やニュースを読み上げるまでに成長した」

「それは頼もしい。それじゃあ、その見事な手腕とやらで僕を支援して、僕を創作者にしてください」

 ナニエルは椅子から身を乗り出すようにして言った。チャンスだった。提供者の支援が受けられれば、創作者としてこの世での寿命を延ばすことができる。

 一通りラジオをいじって、特に面白みを感じられなかったのか、ホシはラジオをテーブルに置く。

「君の作品を読ませてもらった。正直、一言で言うならば、君の作品は面白くない」

 ナニエルは姿勢をもとに戻す。

「じゃあなんで、」

「しかし、君の後ろにいる創作者の作品は面白い」

 ナニエルの言葉を遮ってホシは続けた。

「君は誰か他の人が書いた作品を盗作しているね?作品を見ればわかるよ。数か月前から君の投稿する作品の質は格段に落ちていた。ねえナニエル、私は別に盗作を責めるために殺されかけていた君を助けたわけじゃないよ。私は君の後ろにいる創作者に会いたいんだ」

「それは無理だ」

「私はその創作者に会いたいだけ。君を殺したい気持ちなんかないし、創作者に会わせてくれたら君の命の保証もするよ」

「そうじゃない。消えたんだ」

 ナニエルはテーブルの上のラジオを指さした。ナニエルがラジオの拾う不思議なチャンネルのことを話す間、ホシは黙って聞いていた。そして話が終わってもしばらくラジオを見つめながら何かを考えていた。

「怪電波、か。他のどのラジオでもそのチャンネルを拾うことができなかったというのが引っかかるね。もしかしたら、月からの電波を拾っていたのかも」

「はあ?月?」

 思いがけない言葉にナニエルは混乱するが、ホシは涼しい顔で説明を続けた。

「君たち子供は知らないかもしれないけどね、月には居住区があるんだよ。地球とさほど変わらない都市が形成され、そこにも子供の世界が広がっているんだ。地球に生まれた子供はずっと地球上の世界で生きるし、月の子供はずっと月上の世界で生きる。地上にだって北海道や沖縄のように船で海を渡らないと行けない地域があるでしょ、ロケットで空を飛ばないと行けない場所にある地域、それが月」

「軽々しく言いますけど、この世界は思ったより高い科学力で発展していたんですね」

 ナニエルは窓から月を見上げた。いつも自分の頭上にあったあの衛星に、ここと同じような世界が広がって、自分と同じような子供が暮らしているなど考えたこともなかった。今まで部屋の中でばかり過ごしてきたために自分とは遠い世界のことなど知ろうともしなかった。

「世界から大人を減らしてもなお場所が足りなかったからね」

 ホシはスマートフォンをいじり始めた。

「月までのエレベーターが無いわけじゃないんだけど、君は既に管理局のお尋ね者だからそれを使うことは難しそうだね。すぐ向かうとしたらロケットを調達するしかないか……。今からだとレンタルするのも時間がかかる。あの子に頼みに行くしかないな」

 ホシはやにわに立ち上がった。そしてすたすたとカフェの出口へと歩いていく。

「ま、待ってください!どこ行くんですか」

 ホシは至極当然、と言わんばかりの顔で振り返る。背後の窓の外を指さして言った。

「どこって、月だよ。君ももちろん行くでしょ?」

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