第13話 シークレットガーデン

 その中庭は静寂に満ちている。時が止まったかのように、動くものの気配が感じられない。それはさながら、一枚の写真に収められた静止画のようだ。燦燦と降り注ぐ太陽の光は、まるで影縫いされたかのように、同じ場所をじっと照らし続ける。どれだけの時間が経過しようとも、光の当たる場所が変わることは無かった。

 動きのないその庭に、人影がひとつ、またひとつと現れる。すると止まってしまった時間が動き出すように、生きた風景へと様変りする。風はそよぎ出し、庭の中央にある噴水口から少しづつ水が溢れ出す。やがてその噴水は適度な高さまで噴き上げ、頂点からシャワー上に花開く。太陽の光に照らされ、まるで息を吹き返したかのように、躍動感に満ちた光景になる。時間が与えられたことを、まるで祝福するかのように、噴水に虹がかかる。7色の小さなアーチは、見る者に確かな安らぎを与えていた。


「なんという美しさなのでしょう」


白いローブを纏う女がうっとりした目でその虹を見つめる。


「ずっと見ていられるわ。小さな永遠。もうすぐ、この永遠が全てになるのね・・・その光景を想像するだけで・・・眩暈がするわ。我がメシア・・・」


女は目を閉じ、軽くこめかみを掴む。小さく開かれた口からは感嘆の吐息が漏れる。


女に続き、何もないはずの空間から、唐突に抜き出て来たように白のローブを纏った人影が次々と現れる。


「ライザよ。お前の想像する、その日は近い」


女に向かい、男が言葉をかける。


「ええ。でも油断はできないわ。何かを成し遂げようとすれば、その行く手には必ず障壁が現れる。成し遂げようとするものが大きいほど、障壁も大きくなる」


女はシャワー上の噴水に手を浸し、その手を引き抜き、指先から滴る水滴を見つめている。


「そうだな。それは大自然の摂理だ」


男が賛同する。


「メシアであることは間違いないのだな?」


別の男が問いかける。


「ああ、間違いない。私やライザを含め複数の守護者で見届けた。メシアの祭壇から差す救済の光を。そして光の向こうにある永遠を」


「もっとも、それまでの彼女の超越した力を見ていれば、確かめるまでもないことだったがな」


「ああ、・・な」


「エトラテはやはり勘づいておったか」


「そのようだ・・薄々は気づいていると思ったが、彼女がONE・NESSの始原であることを悟ったようだ」


別の男が、その庭を囲む古い支柱の連なりを遠めにじっと見ている。


「エトラテはどうでるか?メシアの救済をそのまま受け入れるとは思えんが」


「それは奴がONE・NESSにとって何を最大の幸福とするか、つまり奴の思想次第ということだ」


「答えは出ているだろう。あの遣いを匿ったということは、救済は真の幸福ではないという我々へのメッセージだ」


「我々の計画を阻止してくると?」


「ああ、そうだろうな」


「エトラテ・・守護者としての役目こそ終えたものの、未だ奴を慕う者は多くいる。それらがエトラテに加担するとなれば・・・我らの大きな脅威になることは間違いない」


「すでに一部の守護者はその動きを見せ始めている」


「マダム・サワコか」


「ああ。マダムに同調するものも出ている」


「構わんさ。どれだけの勢力になろうとも、彼女が自身の意思でメシアの具現化を進めている以上、救済は誰にも止められない」


「そうだ。あの男さえ遠ざけておけば問題ない」


「あのような小細工に誘導されるとは・・愛とは単純で利用しやすい道具だ」


男がクックッと薄ら笑いを浮かべる


「口を慎めアズー」


「失敬」


「まあ、それほどあの男の影響が大きいことの裏返しだろう」


「それと、ライザの言った通り、まだ油断はできない。脅威となりうる芽は徹底して摘み取っておかねば」


「その通りだ。目下のところ最も危険なのはあの遣いだ」


「うむ。遣いはメシアと共鳴していた唯一の存在。故に俗世の人間をメシアの玉座へ導けるのもあの遣いだけだ。遣いと男を接触させてはならぬ。万が一にもあの男が共鳴すれば、彼(か)の地へのゲートが開かれる。ゲートを開かせてはならん」


「問題はない。遣いの居場所は突き止めた。すでにスタンザとイリイが向かっている」


「エトラテめが。巧妙にかくまいよってからに。能力を消すだけでなく、よもやフェーズ1の同化を施すとは」


「やはりエトラテの力は侮れない」


「いや、それは杞憂だろう。どうやら同化は完全ではなかったようだ。だからこそ居場所を突き止めることができた。奴が全盛の力を保持しているならそのような失態は犯さないだろう。裏を返せばそれが今の奴にとっての限界だということだ。やはり老いには抗えんなエトラテ・・・」


「いずれにせよ、見つけ次第、即排除だ。そのように厳命しておる。二度と転生することがないようONE・NESSから消滅させる」


顎髭を貯えた老齢の男が鋭くそう言い放つ。


「遣いのものだけでは不完全だ」


「もちろんだとも。関係するものはすべて消す。もっともあの男には多少手を焼くかもしれんがな」


「して、メシアの進捗は?」


「そう焦るでない。この一度きりの機会を逃すわけにはいかない。順序を間違えることなく慎重に進める必要がある」


「まず、人としての欲望・・煩悩を完全に消さねばならない。彼女は俗世への執着がまだ残っているようだ。このままでは輪廻に落ちる。守護者としての時間を過ごし、献身の心を育み、煩悩を消しさるのだ」


「それにしても救済の機会が本当に我々の目の前に訪れるとは。にわかには信じられん。なぜ、なのだ?」


「それは問う必要のない疑問だ」


「繰り返すが、このフェーズでの失敗は許されない。エトラテが動き始めれば追随する守護者が出てくるだろう。そうなれば、やがて全面的な衝突は避けられない」


「やむを得まい。どのような犠牲を払おうと、我々は使命を全うする」


「メシアの救済は奇跡。それは永遠の時から刹那の瞬間に、砂漠からただ一つの砂粒を拾い上げるに等しい。唯一無二、金輪一切の機会なのだ。我々は悠久の刻、その奇跡が訪れることをただ信じ、調和を、ラムダを護ってきた。メシアが現れると信じてな。今こそ、その宿願を果たすのだ」

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もうひとつの物語2 ずっとくすぶっている人 @hirokawa0319

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