第12話 突然の訪問者②

「わかりました。すぐに準備をするのですこしだけ待っていただけますか」


わたしは踵を返し、素早く頭を回転させ、必要な荷物をかき集めた。


「おいっサトル!本気かよ。落ち着けって」


 バックに荷物を詰め込む私を見ながらアラタはあたふたしていた。正体のわからない人間の言われた通りにしようとする私を見かねたのか、手を止めない私の腕を掴み、静止させようとする。しかし私はもう片方の手で、私の腕を掴むアラタの手を半ば強引に引き離した。


「すまんアラタ。オレは行く。行かなきゃいけないんだ。オマエはどうする?」


 少しの不安はもちろんあった。だからアラタが付いてきてくれると心強かった。もちろんダメ元で聞いたのだが。彼には家族があり、仕事がある。どこに行くのかも、どれくらい不在にするのかもわからない状態で、無理強いはできない。


「オマエはどうするっておまえ・・」


 なかば呆れた表情をするアラタ。聞いてから愚問だったと思いながらバックに荷物を詰める作業を再開する。


「オマエ本気か?どこの誰だかわからんやつらについていくとか正気じゃないぜ?」


 アラタは私を説得する。しかし私は彼の言葉を受け流す。それでもアラタは辛抱強く続ける。そんな時だった。リビングからスマホの着信音が流れて来た。これはアラタのスマホである。こころなしか、その着信は早く電話に出ろと急かしているように聞こえた。つい先程のインターフォンといい、今朝はみんな急いでいるらしい。

 何だよこんなときに、と、苛立ちを顕にしながら、アラタは着信音がなり続けるスマホを片手に戻って来くる。そして私のすぐそばで、嫁だわ、と短く発したあと、電話に出る。


「あんた、帰ってこなくていいから」


うっ・・とアラタの小さな呻きが聞こえる。

スピーカーモードではないはずなのに相手の声が普通に聞こえてくる。


「いや・・その、だからさ、なんも連絡しなかったのは悪かったって。泊まりのときはちゃんとLINEのひとつくらい入れるようにするからさ」


どうやらアラタは無断外泊だったようだ。しかも常習犯らしい。


「サトル君についていってあげな」


「は?」


アラタの声が上ずる。


「心配しなくても会社には私から連絡入れとくから。どうせ休んでも大した影響ないだろ」


「いや、ちょ待てっ」


「サトル君、そこにいるんだろ」


ミサキさんはアラタをスルーするかのように、スマホ越しに呼びかけてくる。

おっと言ってアラタはスマホから自分の耳を離し、スピーカーモードに切り替える。

ミサキさんは私やアラタよりも年上で、もともと姉御肌的な性格の女性だ。私の相談にもよく乗ってくれた。特にアイコが突然目の前から消え、失意の底に私がいる時、親身になってはげましてくれたし、そのおかげで幾分、救われることもあった。

そんなミサキは子供がてきてから一層パワフルかつ豪快になったとアラタは嘆いていた。


「サトル君。必ずアイコちゃんを連れ戻して来るんだよ」


私はアラタと目を合わす。まるでいま私達が置かれている状況をすべて把握しているかのような口振りだ。


「待ってミサキさん!どういうことなんです?」


「その人達に付いていけばわかるよ。クミコさんがきっと導いてくれる。アラタもまあ少しは役に立つかもしれないから連れてってやって」


私は返す言葉に詰まる。色々なことが一気に起こりすぎている。まるで雪崩をうつように。私の知らないところで何かが進行しているのだろうか。


「アラタ!あんたは役目を果たすまで家に帰って来なくていいから。じゃあね」


ちょっと待て、とアラタが言い終わる前に電話は切れていた。すぐさまLINEが着信し、親指を立てたクマの絵文字が貼り付けられていた。


「一体どうなってるんだこりゃ・・」


スマホを見つめたまま、アラタは途方に暮れたようにつぶやく。そんなアラタに向かって、私は意を決したように言い放つ。迷っていても仕方ないのだから。


「ともかくオレはもう行く」


バックのファスナーを締め、立ち上がる。ミサキさんがどうしてこの場にいるかのようなタイミングで電話を掛けてきたのか、そしてこの状況を知っていたのかは気になったが、今の私の頭は、そのことについてじっくり考えを巡らせている余裕は無かった。


「あーもうわかったよ。付いてけばいいんだろ。オマエの周りで起こるアレコレは普通の頭で考えても無駄ってことはわかってるからよ。もうどーにでもなれい」


そう言ってアラタも私のあとに付いてくる。

再び玄関口に戻る。そこには若執事の姿は無かった。


「おまたせしました。すみませんが彼も一緒に連れて行ってもらえませんか?」


「構いませんよ」


老執事は穏やかな笑みを浮かべ快諾する。


「さあまいりましょう。車はまわしております?詳しい話は車中で。色々とお尋ねになりたいこともお有りでしょうから」


ワックスが入念に擦り込まれ、黒光りするセダンがマンションのエントランスにアイドリング状態で横付けされている。運転席で若執事がハンドルを握っている。私とアラタは後部座席に乗り込み、老執事は助手席に座る。ドア占める。車内に聞こえるのは静かなエンジンだけだ。若執事はギアをドライブにいれた。車は眩しい朝日の中、静かに発進した。

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