第11話 突然の訪問者①

 せっかちなインターフォンが何度も鳴る。私は急いで玄関口に向かう。玄関ドアの覗き穴から外の様子を伺う。そこには男が二人いた。一人は小柄な老人、もう一人は長身で、私と同じくらいの年齢だろうか。何れもブラックスーツに身を包み、首回りにバタフライ型の蝶ネクタイを装着している。私の頭は疑問符で埋め尽くされる。全く見覚えのない人物が、早朝に呼び鈴を何度も押している。一体なんだ?部屋を間違えているのではないか?しかし、一度目の呼び鈴が押された時の私の直観は、この二人がとても重要な人物なのだと訴えていた。そうして逡巡している私の横を、アラタが亡霊のようにすーっと通り抜ける。目は半開きのままで、明らかに寝ぼけているのがわかる。


「はーい、どちらさんですかあ」


そう言いながら、アラタはドアロックをはずし、外側に向かって扉を開く。早朝の清々しい外気が室内に入ってくる。


おい・・とアラタの腕を掴むが時すでに遅し、覗き穴で見た二人がそこに現れる。逆光になり、少し目を細める。改めて見ると、二人とも執事のよう装いだ。黒のジャケットの内側には灰色のベスト、純白の白シャツ。白シャツはシワひとつなく、いまにもパリッという音が聞こえてきそうだ。黒の革靴は磨きこまれ、光沢を放っている。老執事のほうは白髪を七三に分けているが、所々、地肌が見え、薄くなっている箇所がある。四角い顔の輪郭に刻まれた皺がその人物の深みを醸し出しているようだ。腰はやや曲がっていて、その重心を支えるように、黒いスティックを床についている。スティックは一点の傷もない。どのような材質なのか、人目では見当がつかなかった。若執事は背筋がピンと伸び、右ひじを腰のあたりで直角にまげ、返された手のひらをみぞ落ちあたりに静止させている。執事によくある静止姿勢だ。マッチ棒のように細いやせ型で、こちらも髪を七三に分けている。目の輪郭が収まらない小さな眼鏡をかけたインテリスタイルだ。若執事は、アラタからバトンタッチするかのように、敬礼している手と反対側の手でドアの縁を掴んでいる。


「朝の早い時間に申し訳ありませんな。キシモトサトルさん、ですかな?」


老執事はアラタに向かってそう尋ねる。


「オレはアラタだけどぉ?キシモトサトルはこっち」


眠そうな声。アラタは親指で私を指す。


「これは失礼。ではあなたがキシモトサトルさんですな」


私はわずかに頷く。


「そうですが、どちら様ですか?」


反射的に私は老紳士に尋ねる。


「私はこういうものです」


そう言うと老執事は内側の胸ポケットから名刺ケースを取り出す。そこから2枚を抜きとり、私とアラタにそれぞれ手渡した。そこにはNPO法人 平和を尊ぶ会 副代表 田之前 邦弘、と書かれていた。


「私とこの者はそちらの団体で代表者の執事をしております。」


老執事とともに、若執事も名刺を差し出す。名刺を受け取り終える前に、老執事が話しを続ける。


「キシモトさん。あなたのことを探していました。・・・それはもう随分と探しましたよ」


老執事は捜索の時間に思いを馳せるように、目を細める。目尻に深いシワが刻まれる。


「時間があまり無いので単刀直入に申し上げます。マダムが・・失礼、代表があなたのことを待っておられます。すぐに我々とともに代表の元にお越し頂きたい。事は急を要しています。少し長旅になるので、荷造りしてきていただけますか」


「いやいや・・ちょい待てよ、じいさん」


アラタはようやく目覚めつつあるようだ。


「わけがわからねえ。早朝に突然押しかけてきて長旅になるから荷づくろいしていっしょに来い?頭は大丈夫か?それで言われた通りひょいひょいついていくわけねえだろ」


アラタはそうつっかかる。撚れたTシャツからだらしなく右肩の肩甲骨を露出させながら。口は悪いが、言っていることはもっともだ。私も次第に警戒度が上がってくる。いくらなんでも話が飛びすぎている。


「いやはや、そうおっしゃるのはごもっともだ」


老執事はわざとらしく自分の額を軽くはたく。


「先にこの事をお伝えすべきでしたな」


老執事が私を真っ直ぐに見る。


「シスター・クミコがあなたに会いたがっている」


その一言で、一瞬にして頭が真っ白になる。パソコンのフリーズを人間にあてはめるとしたら、こういう症状なのだろう。

 シスター・クミコ・・・あの夢に出てきた教会のシスターだ。はっきり覚えている。なぜなら、あれは夢ではないのだから。私は黒猫に誘われあの教会にたどり着いた。教会の中でとある絵画に見入っていたとき、シスターに声をかけられた。その絵画の名は「ラムダを流れる時間」。後から来た男性が演奏した無伴奏チェロ組曲を聞き終えた時、私はあるセリフを口にした。「もう一度あの人にあいたい」。間違いない。あの時、アイコと僕は一つになっていた。あれはアイコが言ってくれた言葉だ。その言葉を聞いて、シスターは涙を流していた。なぜ泣いていたのか、その理由をシスターから聞くことはできなかった。クミコさんに聞きたいことは山のようにある。そしてなによりも、クミコさんならアイコの居場所を知っているかもしれない。すぐにそう思った。この執事たちがなぜクミコさんのことを知っているのか、もはやそんなことはどうでもよかった。私に迷いはなかった。

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