第3話 更なる覚醒

 会計を済ませ、店を出た後も、その店長らしき男性は深いおじきを続けていた。こちらが恐縮してしまうくらいである。


「しっかしありえねえよなあ。ふつう、あんなぶちまけ方するか?」


アラタが不満を口にする。


「服にもちょっと被弾したし。クリーニング代くらい請求してもよかったな。まああのウェイトレスの子、可愛かったし、今回は紳士に対応してやったけど」


私はさきほどの体験のことで頭が一杯だったので、アラタの声はまったく耳に入っていなかった。あの瞬間は、彼女の意識と一つになった時の、あの感じにとても似ていた。一体感。単一感。すべてが一つに繋がったような感覚。ただ、明確に違うところもある。あの時は私が彼女を受け入れるような、受動的な感じだった。それに対して、今回は私が誰かの意識へ能動的にコンタクトをした、そんな感覚だった。なんとなく、彼女とのあの体験以降、私自身に何か異変が起きていることは間違いなかった。そして、あれは夢ではないことを更に強く確信した。


「・・・と思うんだけどよ。って、おい、聞いてるか?」


「悪い。なんだっけ?」


アラタが目を細めてこちら見る。


「早く夢から覚めてね。サトルちゃん」


そういうと、アラタはコンビニに寄ると言って、歩道から、コンビニのガレージの先にある店の入り口に進行方向を変える。私も後を付いていく。ガレージには何台かの車が停車していた。そのうちの一台、軽のワゴン車がアイドリング状態だった。運転席には高齢に見えるドライバーが座ってる。私とアラタの少し前にはベビーカーを押す女性がいた。我々はその女性を追い抜くように、ワゴン車のフロントを横切ろうした。その瞬間だった。私は、運転席から、私とアラタ、ベビーカーを押す女性を見ていた。その3人を見て反応した私では無い意識は、とっさに右足をアクセルからブレーキに置き換えようとした。しかし、私の意識はすぐにそれを否定していた。違う。それはブレーキではなくアクセルだ。この人はアクセルとブレーキの場所を完全に誤って認識している。もともと発進しようとして踏みかけたアクセルがブレーキで、いま急停止をしようと踏みかけているべダルがアクセルなのだ。私は必死になって声にならない声で止めろと叫ぶ。しかし、そのアクセルを踏み込もうとする足を止められない。ワゴン車が金切り声のような、耳をつんざく音を放ち、タイヤをスピンさせて急発進した。そのスピン音の初動に反応した意識が、ワゴン車のフロントを見ると同時に横っ飛びでワゴンの進路からはずれる。これはアラタだとすぐにわかった。しかし、もう一人、女性の視点からと思われる映像は私の意識下には現れなかった。相変わらずその女性を外から見ている映像しか見えない。すぐにそれを認識した私の体は、女性とベビーカーを、体当たりする勢いで付き飛ばそうする。だが刹那の絶望が襲ってくる。その時間が圧倒的に足りない。スローモーションのようにワゴン車が迫る。女性とベビーカーに、私が思い描く未来の何かが重なる。この二人を絶対に助けたい。しかし、ワゴン車は容赦なく、無慈悲に、私たちをはね飛ばそうとする。

ダメだ・・・間に合わない・・・


―パパ!あきらめないで!


私の頭の最奥から、微かに、しかし力強く響く声がした。それは聞き覚えのあるような、懐かしい声だった。その瞬間、私の目の前に、映像がはめ込まれた小箱のような物体が、縦横に、光の速さで展開され、無限に伸びていく。その無限の小箱のすべてを私は同時に認識する。しかしその一つ一つの映像は、解像度の低い画面のように酷くぼやけている。


―みんなが無事な未来を絶対誰かが見ているから!選び取って!


私の頭はすべての小箱を認識するが、画像はぼやけたままで、当たりはつくがこれという確信が持てない。ワゴン車は、すでにその車体から放たれる気流を感じるほど、私と女性、ベビーカーに接触する寸前だった。もはや躊躇している時間はない。賭けるしかなかった。私は小箱のひとつに意識の照準を合わせて、まるで自身の手でつかみ取るようにして手を伸ばす。次の瞬間、私と女性はアスファルトに転がるように倒れこみ、まるで自走するかのように走るベビーカーは、別の通行人の手で止められた。急発進したワゴン車は歩道から車道に飛び出し、反対側に立っていた電柱に衝突して停止した。大きな衝撃音が付近に響き渡る。アラタが私のもとに飛んで来る。


「サトル!おい大丈夫か!」


大丈夫だ、と言いながら私は起き上がる。一緒に倒れこんだ女性もすぐに起き上がり、ベビーカーに猛然と走り寄る。そしてベビーカーから乳児を抱き上げ、ほおずりしていた。どうやら、みんな無事のようだ。ワゴン車からは高齢の男性が降りて来る。どうやらこちらも大したケガは無かったようだ。きっとエアバックが作動したのだろう。アラタがへなへなとその場に座り込む。私もつられて座り込む。二人とも両の手のひらをアスファルトにつき、ワゴン車に衝突されて傾いた電柱を見ていた。


「ハハハ・・」


アラタから力の無い作り笑いが聞こえる。


「やべえなこりゃ。ほんとに見えちまったぜ。あの瞬間」


アラタがこちらに顔を向ける。


「お前・・・さっきの夢の話し・・もう一回詳しく聞かせろ」

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