はかじまい
増田朋美
はかじまい
昨日まで暖かかったのに、今日は寒い日であった。こんな寒い日と、4月並みに暖かい日、落差がありすぎる。今年は異常だという人もいる。でもできることは、ただ、仕方ないと諦めて生きていくしかないということだ。
その日、伊能蘭は、同級生だった阿部慎一くんに連れられて、6年5組のクラス会に出席していた。みんな、40代の中年のおじさんおばさんになってしまったけれど、なかには昔と変わらない体系をしている人もいた。みんな、蘭が歩けなくなっていたのを不思議がっていた。別に歩けないのは、珍しいことではない、脳梗塞でもやれば、誰でも歩けなくなる、なんて、蘭は説明していたのであるが、6年5組のクラスメイトたちは、蘭のような頭の良い生徒が、刺青師という仕事についたときいて、人生何が起きるかわからない、と語り合っていた。
すると、いきなり会場の入口のドアがあいた。そこには、一人の若い女性がいた。女性は、6年5組のメンバーたちに向かって高らかに言った。
「小寺紀子の娘の、黒田さやかともうします。皆さん、小寺紀子を覚えてますよね?同じクラスだから、忘れるはずはないでしょう?母が、先月亡くなりました。母がなくなったのは、皆さんの責任です。母を返してください!」
「小寺?小寺紀子?」
6年5組の学級委員をしていた女性が、思わずそういうと、
「はい、そうです。小寺紀子です。まさか忘れたとは言わないでくださいね。母は長い間精神の病に苦しんでいました。私の前でも、小学生のとき、いじめられた話を聞かせてくれました。十分なことはしてくれなかったけれど、優しくて美しい母でした。その母が、先日、ホテルのまどから飛び降りてなくなりました。私は、母が飛び降りたのは、いじめられたときのことを思い出したからだと、すぐわかりました。だから、お願いします。こんなところでのんびりと集まっているのではなく、どなたか母に、小寺紀子に謝ってもらえないでしょうか!」
黒田さやかさんは、すぐに言った。
「そうは言ったってね。もう小寺さんのことは、終わってしまったことかもしれないしね。いまさら謝られても困るだけよね。そうでしょう?皆さん。」
学級委員が、そういうと、他の出席者たちも、口々にそうだそうだと言いはじめた。
「まったく、何でみんな年をとるとだらしなくなるのかな。これでは、母が浮かばれないじゃないですか!」
黒田さやかさんはそういうが、蘭は他の生徒さんの言うとおりだと思うことができなかった。学級委員が、乱入してきた女性を追い出してと、警備さんに言おうとしたとき、蘭は、黒田さやかさんに近づいた。
「あの、僕は伊能蘭といいます。確かに小寺さんとは同じクラスです。もし、よろしければ、僕がみんなを代表して約束をまもります。お線香でもあげさせてください。」
蘭と同時に、阿部くんも黒田さやかさんに、ちかづいて、阿部慎一と名前をなのり、同じく小寺紀子さんに謝りたいといった。
「僕たち二人で、小寺さんのお宅にいきます。それで許してあげてくれませんか。」
「ありがとうございます。そういうことなら、すぐに来ていただけませんか?母にできるだけ早く、安心してもらいたいし、それにもうすぐ、母の百か日法要もありますから。」
黒田さやかさんはそういうので、蘭は阿部くんといっしょに、小寺紀子さんのお宅へ行くことにした。
「それでは、お願いします。」
蘭て阿部くんは、黒田さやかさんの運転する軽自動車に乗り込み、小寺紀子さんの家へむかった。
「それで、お寺はどこですか?宗派などは?もしよろしければ、お塔婆を買いたいから。」
と、蘭が聞くと、
「いえ。自由霊園です。母は、精神がおかしくなってしまっていて、父の家の人が、同じ墓にいれるのは無理だと言ったものですから。だから、こういう感じにしました。お塔婆は、必要ないですよ。」
と、黒田さやかさんは答える。
「そうですか。あなたが、生まれたときから、精神を病んでしまわれていたのですか?」
と、阿部くんが聞くと、
「はい、私が物心ついたときは、とても感情的になりやすくて、私は、母となかなか一緒にいられませんでした。そういうときは、いわゆる、ナニーさんというのかな、家政婦さんのようなかたに、来てもらってました。だから、私が直接母と触れ合った訳ではないのです。でも、母は、ただ一人ですから、一生懸命やってくれていたと思います。」
黒田さやかさんはそう答えた。
「こちらなんです。自由霊園っていうのは。」
さやかさんは、大きな看板のある建物の前で車を止めた。
「はあ、藤樹園。なんだか聞いたことありますね。確かに、宗派や宗教に関係なく、受け入れてくれるそうだけど。」
蘭は、その看板の文字をよんで、思わず言った。
「じゃあ、はいってください。ご案内しますから。」
さやかさんに言われて、蘭と阿部くんは、その中にはいった。確かに納骨室と似たような感じなのだろうか、小さな石碑のような物が沢山ならんでいる。その中の片隅にある小さな石のようなものの前で、さやかさんは止まった。たしかに、小寺紀子とかいてあることにはかいてあるが、どうもなんだか違和感があり、変な感じだと思った。
「お線香も、いりませんから。どこの宗教でも、埋葬できるところなんです。だから、謝ってくだされば。」
と、さやかさんに言われて、阿部くんはわかりましたといい、両手をあわせて、紀子さんの墓に一礼した。蘭もそのとおりにしたが、なんだか納得ができず、違和感がある墓参りになってしまった。
「ありがとうございます。母が許してくれるかはわかりませんが、どうしても母に謝ってもらいたかったので。本当は、全員に来てもらいたいくらいですけど、でもお二人が代表して、謝りに来てくれたというのは、わすれてはいないんだなと思うから嬉しいです。」
さやかさんは、二人にそういった。二人は、さやかさんに連れられて、その会館を出た。さやかさんに富士駅まで送ってもらい、蘭と阿部くんは、それぞれの自宅へ帰る。蘭はなんだか、母を返してといった割には、さやかさんの態度がサラサラし過ぎていたのが引っかかった。とりあえず、自宅へ戻ると、物置をあけて、6年5組の卒業アルバムを探してみたが、見つからなかった。というのも、日本の、教育制度に不満を持っていた蘭の母が捨ててしまったからである。
蘭は、とりあえず、同じ6年5組に在籍していた、磯野水穂さん、その当時の姓は右城水穂さんに、電話してみることにした。蘭が電話すると、出たのは杉ちゃんだった。
「どうしたんだよ。また何か事件があったのかい?」
杉ちゃんに言われて、蘭は、
「水穂が近くにいるんだったら、小寺紀子という女性について知ってることがないか、聞いてくれないかな?」
というのであるが、
「水穂さんならねているよ。起こすわけにいかないだろ?」
と、言われてしまった。
「それよりも、小寺という人がどうかしたの?」
杉ちゃんに言われて蘭は、小寺紀子、現姓黒田紀子という女性が、自殺してしまったことを話した。その女性が自由霊園に葬られて、いかにも粗末な墓であること、もうすぐ百か日法要があることを話した。
「百か日法要はやるよていなのに、葬られたところが粗末なんだ。どうもそこら辺が変なんだよ。」
「そうか、まあ、放って置くことはできないのがお前さんだわな。」
と、杉ちゃんは言った。
「ほんならその、百か日法要に行ってみたらどうだ?」
杉ちゃんに言われて、蘭はそう決断した。すぐに電話をきり、藤樹園の電話番号を調べて電話をかけてみた。出た人は、小寺紀子の親戚なのかとおどろいていたが、蘭が百か日法要に出たいというと、直に時間と場所を教えてくれた。
蘭は、タクシーに乗って藤樹園に行ってみた。一応、法要ということもあり、喪葬ようの、黒紋付に袴をはいて、きちんとした服装で行った。着いてみると、受付係が弔問客に挨拶している。でも、喪葬をしている人は誰もいない。まあ、自由霊園だから、よいのか?と思って蘭は中にはいらせてもらった。
法要は、集会室という部屋で行われた。蘭がはいると、受付係に、紙と鉛筆を渡された。そうして、一人のムラサキいろの着物を着た女性が現れた。髪はそっていないから、お坊さんではなさそうである。女性は、あの世の世界には階級があり、できるだけ階級の高い場所に行けるように祈ろうと、蘭たちに演説をした。選挙演説のよう演説であり、なにより、仏教では、あの世に階級など設けられていないと説くはずである。蘭はおかしいと思った。なんだか、仏教や回教などをめちゃくちゃに混ぜ込んだ、インチキ宗教なのでは?
説法が終わると参列者たちは、女性にお金を払っていった。蘭も、お金を出すように求められた。言われたとおり、三万円をわたすと、次は入信申し込み書に名前を書いてと言われた。蘭が、自分は禅宗を習っているというと、
「禅宗なんて、役に立ちはしませんわ。それよりも、現代社会にあてはまる教えをしなくてはなりませんよ。」
と、受付かかりは言った。
「そうですが、仏教では、あの世に階級が設けられるとはいいませんよ。それは、回教の教えですよね?」
蘭がいそいでそういうと、
「ええ、どの宗教でも、ひとを救うことはできませんから。其のいいところどりをして、時代にあった教え方をしていくのが、わたしたちの役目です。」
と、受付かかりはいうのである。
「時代にあったって、伝統ある教えは守らなければならないんじゃありませんか?例えば、戒律だってちゃんと意味が、あるんだし。」
蘭がいうと、
「ええ、でも、結局、ひとを救えないですよね。戦争の原因にもなって。それは、もう古いということですわ。だから、新しい、合理的な教えを創らなきゃ。」
受付かかりは嫌そうに言った。
「そうかもしれないですけど、いきなり三万円を支払わされるのはどうかと。」
「あれは、忠誠心のあらわれです。お金ほど正しいものはないでしょ。だから、それで忠誠心を表現してもらうんですよ。」
お金で忠誠心のあらわれか。なんだか変なものである。血判を出させる宗教もあるが、それと同じかなと蘭は思った。
「それでは、入信申し込み書記入していただけますか?そして、登録は5万円です。今月中に払ってください。」
「そんなこと聞いておりません!」
と蘭はいった。
「こちらは、自由霊園ですよね?それよりお金だけむしり取る、おかしな宗教ですか?お金を取るよりも、大事なことはあると思いますが?」
「でも、こちらを大事にしている信徒の方はいます。」
受付かかりはすぐいった。確かに、先程演説した女性は、参列した女性たちの話を聞いているように見えた。みんな、悩んでいることがあり、彼女に聞いてもらっているのだ。大体のひとが、墓を持って維持したりすることができないため、どうしたら良いかという話ばかりしていた。確かに墓を続けるのは、今では大変なことになっている。それにつけ込んで、3万や5万を請求するのもおかしいが。
「あの、黒田さんだってそうだったんです。お母様を、自殺でなくされて、墓を維持していくことができないから、といって相談に来られたんですよ。」
「にもかかわらず、そんな大金ばかり集めるのはどうかと思いますがね。」
受付係に蘭はすぐいった。
「百か日法要は、お金を取るための行事ではないでしょう?」
はかじまい 増田朋美 @masubuchi4996
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