第54話 理不尽

仕事とやらが終わり、金髪と茶髪と相変わらず静まり返った路地裏を歩く。曲がっては進んで、曲がっては進んで。入り組んだ路地裏はまるで迷路だ。なんとか暗記しようと意識を集中させるが、曲がり角が十を超したところで諦めた。

 足音は誰も立てない。耳を澄ませば衣擦れの音が聞こえるくらい。あんなに派手な金髪のピアスやらネックレスでさえ声を潜めているようだ。

 沈黙が少しばかり痛いなと思っていると、ちょうどいいタイミングで金髪が口を開いた。

「まあ今日で大体の段取りわかっただろ、兄弟。こんな感じで明日からも働いていくぜ」

 まさか嫌になってないよな、と笑いながら金髪は聞いた。

「嫌にはなっていないけど。……もし嫌になって辞めると言ったら?」

 それはただの興味本位だった。でも答えはなんとなくわかっていた。

「もし辞めるとしたらって? それなら、お前を消しておしまいだな。新入りがひとり減ったくらい、この組織にとっては痛くも痒くもないのさ。代わりはいくらでもあるんだからさ」

「そうか」

 ほとんど予想通りで溜息を吐いた。知っていた。人には替えがきくことを。だから人は集団で生活するのだ。だからマスターは代替わりだった。

 

 集団に取り込まれるというのはそういうことかと納得しつつも、おれはさらに問うた。

「もしかしてこれから一月、毎晩働くのか?」

 真面目に訊いたのに、金髪はからからと笑った。

「ははっ、まさか。ちゃんと休日もあるって。そんな働かせても効率が悪いってちゃんと上はわかっているからなあ。アサは烏合の衆じゃなくて、きちんとした組織だから。休みが欲しければ事前に申請したらいくらでも休めるさ。それより適当な仕事をされる方がアサにとって痛手だからな」

「いい組織だな。表社会でも稀なくらい好待遇なんじゃないか」

 それに答えたのは、おれらの前を歩いていた茶髪だった。

「そうだね。好きに働けて給料もいい。なのに、表社会の人間が殺到しない。少年、なぜだと思う?」

 彼は振り返りもせずぴんと背を伸ばしておれらの前を歩き続けている。それはおれらごとき背中を向けても対処できるという余裕の表れだろう。少し悔しいけれど、何故か彼には逆らおうという気にはならなかった。本能が告げている。この男は敵に回すべきじゃないと。勇敢と蛮勇は違う。当の茶髪だってそう言っていた。

 だからおれは素直に答える。

「……仕事が夜だから?」


 朝起きて太陽の出ている時間に活動し、太陽が沈めば寝る。照明という概念がなかった頃はそうやって生きていたらしい。他の多くの動物たちはそうして生命活動を行っている。それが生物としてあるべき姿なのだろう。

 アサの仕事はそれに反しているから、人気がない。おれはそう考えたけれど、理由としては弱い気がした。そんなことよりも、人は苦労せずに利益を得ることを望む生き物だから。それが進化の礎だとアベルが言っていた気がする。


 こんなに真面目に考えて出した答えだというのに、茶髪は、ははと声を上げて笑った。

「少年、肝心なところが抜けているよ。答えは人殺しをしたくないからさ」

「ひとごろし」

 人殺し。殺人。今しがたおれらがしてきた仕事はそれだ。その事実が今更おれに降りかかっておれは混乱した。そうか、おれは人殺しをしたのか。

 手を見る。血がこびりついているような気がして、無性に手を洗いたくなった。

でも、おれよりももっと殺した茶髪と金髪は平然としている。そのギャップがおそろしい。恐ろしさを今まで感じなかったことが、いちばんおそろしい。

「そうだ。殺しに携わる仕事はケガレとして忌み嫌われる。だから給料が高いし、なのに誰も寄りつかないというわけなんだよ」


「……なら、なぜあんたはこの仕事をしているんだ?」

 

 問うと、周りの空気が凍った気がした。金髪ですら眉を顰めて表情をこわばらせている。茶髪は場を凍らせたまま、穏やかな声でおれに言った。

「はは。……少年、それは問うてはならないよ。『同じ仕事をする者の過去、現在について詮索してはならない』、これもアサの掟の一つだ。暗黙の了解ともいうけれどね。知らなければ覚えておきなさい」

「……」

「返事は」 

 この茶髪はどこかマスターに似ていると思ったけれど、彼の瞳にマスターのような優しい光はなかった。絶対零度の冷たさ。まるで鋭利なナイフだ。

「……わかった」

 おれがいらえると、茶髪は少し目の光をやわらげた。

「いいだろう。初めてだから許すけれど、二度と口にしてはならないよ」

 先にそのアサの暗黙の了解とやらを教えてもらいたかった。まあ教えてもらえないから暗黙の了解なのだろうけれど。世の中は理不尽だ。今も、これまでも、これからも。

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