第49話 読めない

 ふと茶髪の静かな視線を感じる。隠そうとしてばれているような静かさではなく、こちらに「見ているぞ」と伝えるような静かさだった。気付くか気付かないか微妙なところを突いているので、たぶん試されているのだろう。

 ――そういえば彼はどうしているのだろう。

 希薄な気配を辿ると、暗がりで腕を組んで立っている茶髪が見えた。かっちりしたスーツを着こなし、無駄な力の抜けた佇まいは見事なまでに紳士的だ。時間と場所さえ違っていたら完璧だっただろうに。

 けれどそれはどうでもいい情報だ。肝心なのは茶髪の動向や思惑。けれど肝心の顔の部分が濃密な影に覆われていて、もちろん表情だってまったく見えなかった。


 この一戦で金髪のことは少しだけわかった気がする。けれど、茶髪のことはよくわからないままだ。物腰の穏やかな男。紳士さを感じる面がおおいが、無精髭が生えていたり少し口調に粗雑なところがあったりと、どこか親しみやすささえ感じる。

 けれど、それ以外は掴みどころがどこにもなかった。不自然なくらいに。


「なあ兄弟、いいことをおしえてやるぜ?」

 服についた土埃を払っていると、金髪が再び近くにやってきておれに耳打ちした。

「あのおっさんは二等級以下に差はないといったけど、ありゃ嘘だ。本当は実力順の序列。自分より等級が上の者には刃向かわないのが暗黙の了解だ。あのおっさんはああいう穏やかそうな風体して容赦ない男なのさ。だからオレだってあのおっさんにはちょっかい出さないさ」

「……そうなのか」

 確かに金髪は口でこそ茶髪とやりあっていたけれど、どこか一歩引いている印象が残っている。なんだろう、引き際がいいというか、どこか聞き分けがいいというか。

「そーそー、だから無駄死にするなよ? お前は血の気がちっとばかし多すぎるからな」

「親切だな、先輩」

「はっ、ここじゃ褒めても何もでないさ。ま、お前はすぐに昇給するだろうからな。オレらとの仕事が終わる頃には三等級にでもなっているだろうさ」

「随分とおれを買ってくれるんだな。油断させて喰らおうって魂胆なら納得できるけど」

 眉を顰めていらえると、ははっと金髪は軽快に笑った。

「そうそう、その用心深さ。それから実力も少しはある。おふざけとはいえ、オレとやりあってあそこまで耐えるなんて芸当は三等級より上のランクしか無理だ。言っておくが、アサの大半……そうだな、少なくとも八割は四等級と五等級さ。上澄みの中でランク分けされたのが一から三等級。これは覚えておきな。お前は新入りの五等級だからおれら三等級と二等級が配置されたってわけ」

「力量がないからか?」

「いんや、信用がないのさ。本当に仕事ができるのか。裏切る気はないか。その監視役には四等級以下じゃ無理だ。班分けは無造作に行われているように見えて、きちんと意味があるものなのさ」

「……どうすれば信用を勝ち取れる?」

「簡単さ、ちゃんと仕事を完遂すればいい」

「それだけで?」

「ああ、それだけさ」

「それだけで、おれも三等級以上になれるのか?」

 率直に問うと、金髪は茶目っ気たっぷりにウィンクした。

「お前がちゃんと人を殺せたらな」

「……必要であれば、いくらでもする」

「口ではなんとも言えるけどなあ」

 金髪がちらりと茶髪を見遣る。茶髪と金髪が視線を絡め合わせる。それが意思疎通だと一瞬で分かった。けれど、何を伝えあっているのかはわからなかった。

 茶髪の視線を受けて、金髪はへらりと笑った。一方茶髪は苦笑して口を開いた。二人とも笑っているのに、目は笑っていない。


「おいおい、若者たち。親睦を深める分には構わないが、さっさと歩いてくれ。くれぐれも私の足を引っ張ることのないように」


 へーい、と返事をした金髪はもう一度囁いた。

「ま、今のがどこまでホントかはあんたが判断することだぜ、兄弟。ここじゃあ頭が使えない奴は死んでいくんだから」

 それだけ言うと、おれの返事も聞かずに金髪は茶髪の元へと走っていった。全く掴みどころのない男だ。敵か味方かすらわからない。まあ、同じ組織に属している以上、敵ではないのだろうけれど。

 

 こういう腹の探り合いごっこはアベルのほうが得意だろうに。心の中でひとりごつ。でもアベルはここにはいない。いてほしいとも思わない。

 金髪の言葉を借りると、どうやら自分の頭を使わないといけないらしい。


 上等だ、と思いながら心のなかで溜息をついた。

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