第50話 お仕事

 今回アサから与えられた仕事は、反乱軍の殲滅だった。

 まあこの言い方は大仰すぎるかもしれないけれど、かみ砕くと酒場に集っていたフローらのような、国に反乱を企てる集団を潰すということらしい。命令は『一人残らず殺す』。そこに慈悲はない。

 ――殺せば勝ちだ。

 金髪はそう言って笑った。それを受けた茶髪は、おいおい若者は物騒だねと言ってやっぱり笑った。みんな笑っているけれど、別にこれは喜劇ではなかった。でも喜劇を見ているような穏やかさがその場に漂っていておれは混乱した。目ざとく気が付いた茶髪がおれの背中をぽんと叩いた。強くはないけれど、神経に当たってじんとした。

 ――少年、いずれ慣れるさ。

 それは慰めでも鼓舞でもなく、ただの事実だった。反論できない。文句も言えない。ただ無言で頷いて、おれは茶髪の大きな手から離れるのが精いっぱいだった。

 茶髪は相変わらず掴みどころがなかった。


「あーさっさと終わらせて帰りてえな」

「今回はラクな仕事だろう、文句を垂れるな」

「へーい。ま、俸給分は働くかあ」

 初仕事のおれを考慮して、今回は他の班が突撃した残党を路地裏で殺すという仕事になっているらしい。

「俸給はどのくらいなんだ?」

 問うと、金髪は眉を上げてどこかおどけた顔をした。微妙に腹の立つ顔だ。

「んー、等級によって違うから何とも言えねえな。まあ、新入りの五等級なら一仕事で五日間生きていくのに必要な金が入ってくるってくらいか。喜べ、オレの三分の一くらいはもらえるさ」

「仕事によっても給料は変わるのか?」

 腹の立つ顔はさらりとスルーして問い続ける。おれが欲しいのは情報だった。そのために人と関わることを選んだのだから。あとは人が面白いから。

「そりゃあ危険な仕事の方がいっぱい稼げるさ。まあ例外もあって、こういう新入りの監視とかは、危険度が低い割にお給金がいいんだ」

 なるほど、と思った。

「じゃあ、先輩はおれに感謝したほうがいいな」

「は……」

 金髪は呆気に取られたようにぽかんとおれを眺めたが、一拍置いて吹き出すように笑いだした。

「ぶはっ、お前やっぱりおもしれーよ、兄弟。冗談は笑いながら言うもんだぜ。真顔でそんなことをいわれちゃ、はは、まったくおもしれー」

 大爆笑しながら金髪はびしばしとおれの背中を叩く。地味に痛いからやめてほしい。


 どーん。


 文字にすると呆気ない爆発音が轟いて、空気が震えた。

「始まったな」

 流石の金髪も表情から笑みを消して言った。さきほどの爆発で一体何人が死んだのだろうか。

 どーん。

 考え事をしている間もなく、二発目が鳴った。遠くで燃え上がる炎、夜空に立ち上る煙、くぐもった悲鳴。あの日と同じだった。おれが殺されなかったのは奇跡だった。きっとフローと一緒に行動し、フィロと出会ったから無事だった。つくづく運がいいなと思う。

 そうだ、フィロ。

 彼女はまだ生きているのだろうか。否、彼女はまだ生きている。だって、彼女は誰よりも美しく、気高く、強かったから。


 たん、たたっ、たん、たたん。


 足音が聞こえてきておれは意識を現実に戻す。金髪も茶髪もそちらを眺めている。しかしそこに緊張感なんて微塵もない。さながら罠にかかってくる獲物を見つめる猟師の顔つきだった。さっさと狩って帰りたい。そんな強者の空気が滲んでいた。あるいは、物見遊山するような穏やかな空気が。

 そう思っている間にも足音はどんどん大きくなっていて、確実にこちらへ近づいてくる。

 こんな深夜に走る人間なんて、運よく爆発を逃れた謀反者だろう。つまりおれらの狩り対象。この分だとこちらから向かわなくても勝手にやってきてくれる。

「さーて、ようやく一人目のお客さんだ」

 金髪は黒い布を取り出して目から下を覆った。表情がわからなくなる。でも目元には悦が滲んでいて、金髪が何を考えているかは何となくわかる気がした。


「お出まし、お出まし、ようこそ飛んで火に入る夏の虫たち」


 金髪が言い切った直後に曲がり角から人影が現れる。ぱっと視界に入る感じ、五人といったところか。思ったより多い。

 五人の若い男女はおれらの登場に戸惑ったようで、足を止めた。

「だ、誰ですか」

 一番前を走っていた男が息も切れ切れに問うた。おれらが味方だといいなという期待がそこかしこに滲んでいて哀れになった。

「さあ。トム、サム、ジョン、アレク、ウィリアム、ポール……まあ、どれでも好きに呼んでくれたらいいぜ」

 それは金髪の決め台詞のようなものだったのか。思わずツッコミそうになるがそんな呑気な空気でないので口をつぐむ。これは喜劇ではないから。

 とはいえ史上最高に理解不能な自己紹介に、五人は目を白黒させている。可哀想に、本気で敵か味方かわからなくなっているのだろう。つくづく哀れだ。

 なんて思っていると茶髪が口を開いた。静かなテノールが路地裏の静謐な空気をふるわす。

「若者、早く終わらせなさい。私は待ちくたびれた」 

 感情の無い平坦な声だ。終わらせる。終わり、終わり、死。

 その言葉で全てを理解したのか数人はさっと顔を青ざめ、こわばらせ、逃走を図ろうとする。まだ首をかしげてこちらを訝しそうに見ているものは愚鈍だ。


 初めに動いたのは男と女の二人だった。

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