最終話

「やっと準備が終わったからいいかな?」


「準備?」


「さっき聞いてきたでしょ。どうしてここにやってきたのか」


「ええ聞きました。ドレスの上から防寒着までご丁寧に着せてまで。機械の体にはそんなもの不必要だというのに」


「だって寒そうだったし。それ以外の理由なんかないんだからなっ」


「そうですか」


「とにかく! ここからならよく見えると思うんだよ」


「何がでしょうか」


「ほらあそこ、工業地帯にビルが建っている」


「ああ、噂の超超高層ビルですか」


「そ。助手くんを生み出した企業がある場所でもある」


「それがいかがいたしました? もしかして、ここから狙撃を行うつもりなのでしょうか。

 社長室と高さは近いですが、風は強く十キロ以上距離があります。ゴルゴでも狙撃は不可能だと判断するに違いありません」


「アンドロイドが『ゴルゴ13』を読んでることはさておき、狙撃なんてしないよ。現代日本なんだから、ライフルとか持てないし撃ったこともないからね」


「ワタシには射撃システムがインストールされていますので、対戦車ライフルを撃つこともできますよ?」


「それは普通じゃないんだなーせいぜい拳銃くらいなんだよなー」


「でもアナタが発砲したところ見たことありません」


「……悪かったね。そういうの苦手だから。っていうか、それはどうでもよくて」


「どうでもいい?」


「うん。狙撃とかまどろっこしいのはね、向いていないからさ」


「いきなり箱を取り出してどうしました」


「これは、そうだな。超能力を使うことができる装置ということになるだろうか」


「うわ、うさん臭い」


「真顔で何言うんだっ。というか助手くんには絶対言われたくないと思うぞ」


「ワタシは科学の産物です」


「この装置だって科学によって生み出されたものだよっ」


「本当ですか」


「ホントホント。エキゾチック粒子のちょっとした応用さ」


「応用とはどのような感じなのでしょうか」


「それは……んと」


「何もわからない、と」


「面目ない。でも、能力は実証済みさ。こいつは遠くの物体に干渉できるんだ。例えば、遠くに置いたコップを持つことができる」


「地味ですね」


「ガーターになったとしても、ピンを全部倒すことができる!」


「また地味だし、それはスポーツマンシップに違反するのではないでしょうか」


「あーあー聞きたくない聞きたくない」


「要するに、サイコキネシスのような感じなのでしょうか」


「そ、そう。でも、この小さい箱でね、四十万キロまで届くんだ」


「へえ、月までですか。それはすごい」


「そうでしょう。すごいでしょう」


「誰かにもらったものにしては、確かにすごいです」


「…………」


「して、そちらの装置で、どうするつもりなのですか」


「助手くんは月まで届くと言ったけれど、コイツはそのためのものなんだ。このムーンキャッチャーは」


「絶妙にダサいのは置いといて」


「ダサいって言うな!」


「月を掴むということは引き寄せるということで間違いないのでしょうか」


「ああ、というかもうしてる」


「それはよした方がいいと思いますが……」


「はあ? なんでだ。さんざ苦渋を舐めさせられた相手だぜ、月を墜としたってバチは当たらんだろう。もしかして、この期に及んで、生まれの親に情が沸いたとか言わないよな」


「情は湧いていませんし、あのビルが爆破してくれたらどれほどいいか、とは常々話している通りです」


「じゃあどうして」


「月が地球に落下したらどうなると思います」


「そりゃあ、あのビルがぺちゃんこになって、衛星を用いた殺人事件がはじめておこなわれることとなる。この世界を生み出した神様も、はじめてのトリックに大喜び」


「本気で言ってますか、それは」


「え? 一応本気のつもりなんだけど……」


「いえ、本気ならいいのですが。このまま行くと、有史最大の大事件が起きることになりますよ」


「大事件。まあ、月を墜としたなんて殺害方法は前代未聞の大事件だろうね」


「ええ、その通りです。まず間違いなく、地球人類は絶滅か、それに近しい末路をたどりますからね。大事件――はた目からは未曽有の大災害でしょうか」


「……マジ?」


「嘘をついてどうするのですか。ワタシは超高性能AIですよ」


「そ、そうだよな。冗談も軽口さえも叩けるって話だもんな、うん。私をおちょくって楽しいのかー」


「だから、おちょくってなどいないのですが」


「本気でヤバいのか……? あんなに小さい月が堕ちてきただけで人類滅亡だなんてそんな」


「あれは遠近法でそう見えているだけです。それかアレですか、アナタは絵本の少女のように、両手で掲げられるほどのサイズだと本気で思っていたのですか」


「…………」


「だとしたらメルヘンバージンですよ、アナタは」


「そ、そんなこと言ったって、月のサイズ感なんてわかるわけないじゃない!」


「『アポロ11号は月に行った』って歌も言っているではないですか。星条旗を刺したどころか、ゴルフまでしているのですよ? トライフォースよりもずっと大きいに決まっているではないですか」


「ど、どうしよう」


「止めることはできないのですか。――子どものように頷いているところを見るにそうらしいですね」


「わたしたちどうなっちゃうかな。つかまっちゃうのかなあ」


「幼児退行しかけているアナタに説明するのは憚られますね。……そもそも逮捕しに来る警察官もいないということは」


「えへへおねえちゃんあったかいね」


「まあ、アナタの屈託のない笑顔を、最期に見られたのでよしとしましょう。おーおーよしよし。――月がどんどん大きくなって、あ、輪が降ってくる……」

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月は墜ちる、少女のために 藤原くう @erevestakiba

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