第3話

「それで?」


「それでってなにさ」


「いえ、先ほどアナタはワタシを殺すのに準備が必要だとおっしゃっていましたので、その準備は終わったのかなと思い至り、質問しています」


「や、もうちょっとかかるかな」


「天を見上げていますが、何か待っているのでしょうか?」


「え!? べ、べべっ別に、待ってないけど!?」


「声がどもってますよ。もしかして、ロマンティックで劇的な瞬間を待っているのでしょうか。富士山から観る摩天楼の輝きを見せてくれるとか」


「そ、そう! 月が出るのを待ってるんだ」


「月が綺麗ですねってことです?」


「じゃあ……死んでもいいわ」


「それは告白ということでよろしいでしょうか」


「全然よろしくないからこっちに近づいてくんな。キスしようとしてくんな!」


「なぜでしょうか、これは告白の言葉として、世間一般的に知られています」


「いやいやいや、漱石先生だって、ここまで広まるとは思ってなかったと思うよ!? 第一、この言葉を使ってる人見たことないし、聞いたこともないよ」


「では、ワタシたちがはじめて、ということです。なんて、いい響きなんでしょう」


「いいかなあ」


「処女を喪ったような感じがあっていいですね」


「助手くん!? いきなりすごいことを言うね、というか、君ってばそうなのか……」


「いえ、冗談です。ワタシは貴女と同じで処女ですが何か」


「冗談なんかい! あまりにも唐突すぎるわ!」


「そりゃあそうですよ、ワタシをなんだと思っているのですか。あなたと一緒にいるようなやつですよ? 偏屈な少女ですよ。処女で少女。ふふっ」


「自分のネタで笑ってるよ……。というか、ここぞとばかりに皮肉を言ってくるじゃん」


「皮肉屋ですから。こんなワタシを早々に捨てないから、好かれてしまうんですよ」


「……そりゃあどうも」


「それで、決心はつきましたか」


「ああ。それはもう。準備も終わったみたいだし」


「準備といいましても、アナタはずっとここで待っていただけではありませんか。ワタシを生み出した人々の妨害工作で、ご友人たちとの縁も切れたと聞きましたが」


「そうなんだよ! 何が腹立たしいって、あいつら、こともあろうに、私の根も葉もないうわさを垂れ流しやがったんだ。――ペドフィリアのロリータ趣味だーって」


「それはワタシを助けたからですね。ワタシは、ひいき目に言っても可憐な少女でしょうし、金ばかりがかかったフリフリのドレスを着せられていましたから」


「だからってよう、性犯罪者みたいな言い方せんでもいいだろっ。もっとこう、一流の企業だったらさあ、金銭で買収するとかなんとかあっただろ」


「それだけ貴女のご友人は、情に厚かったということでしょう。ドルや円では動かなかったのです」


「みんな……」


「あとは、アナタがかわいらしい女の子に色目を送っているのは事実ですから」


「それはまったく違う! 私は、ただ羨ましいだけで、やましいことは一切考えてない」


「クール系女探偵で通ってますもんね」


「なにそれ」


「お気になさらず。ただのネットでの評判の一つを取り上げただけです」


「めちゃくちゃ気になるけど、今はそれどころじゃなかった」


「そうです、準備ができたのであれば、今すぐにでもワタシを――」


「いや、助手くんを突き落とすつもりはないよ」


「では、どうするつもりなのですか」


「きみ、なぜ、ここへとやってきたと思う?」


「それは……ワタシを滑落死させるためでしょう」


「違うよ。富士山よりも高い山はたくさんあるし、それならエベレストでやれという話じゃない」


「しかし、それは現実的ではないでしょう。三畳デスゾーンでだらだら喋るというのは、あまりにも悠長です。

 酸素ボンベを内蔵しているワタシはともかく、アナタは酸素ボンベを担いでいなければおかしい」


「だから、妥協した――助手くんはそう言いたい」


「ええ」


「それならブルジュ・ハリファでもいいし、

スカイツリーでもいいはずだよね。世界一高い建造物と日本一高い建造物だし」


「そこから突き落とすのは難しかったからでしょう。厳冬期の富士山であれば、観光客はいません」


「厳冬期っていうのは誰が言った?」


「ワタシですね」


「ここには私たちしかいない――それは少し正確じゃあない。ここに誰もいないのは、私たちがそのように描写しているからだよ。最初に言ったでしょ?」


「なるほど……対話形式では、会話中で説明されなければ存在しないのと同義だとおっしゃりたいのですね」


「そ。だから、観光客云々は関係がない。たとえば、私が最初に国際宇宙ステーション内だと世界を定義すれば、最も高い場所での殺人を行うことだってできる」


「ではどうしてそうしなかったのですか?」


「そりゃあもちろん、助手くんを殺したくなかったからさ」


「……理解不能。理由を教えてください」


「一つは、折角助けたのに殺すのは忍びないから。もう一つは可愛いから」


「やっぱりペドフィリアなのですね」


「それだけは違うと断固として言いたい。どっちかといえばロリコンだ――ってこんな話はどうでもいいんだよ」


「どうしてです。ワタシは貴女に多大な迷惑をかけているというのに」


「助手だから。それにかわいいし、私好みだし」


「ありがとうございます。非常にうれしいので、捕まえてもよろしいでしょうか?」


「それはやめてくれ。私を探偵として働かせてくれ」


「そうですね。ワタシを殺さなかったことに免じて、それだけは許可しましょう」


「どうして助手が上から目線で命令してくるんだろう……」


「何か言いました?」


「な、何も」

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