4-18:限られた機会、限られた素材
■リークァン・ウェン
■856歳 里の指南役
まったく、ツェンが帰って来てからというもの、私の理解を超える事が相次いで来るものだからいささか疲れたな。
族長からセイヤ殿の事や神託の件、そして実際にセイヤ殿が竜神様とお会いしたと聞いて、すでに混乱していたわけだ。
心を何とか落ち着かせ、頭を冷静に整理し、そうして実際に会ったのが翌日の事。
そこでの模擬戦でもまた、圧倒的な戦闘力をこの目にし驚き疲れた。
セイヤ殿だけではない。彼のメイドや
『女神の使徒』とその従僕たち。
それは想定以上の強さであり、同時にツェンがその中に入っている事に何とも言えない気持ちになった。
混乱に拍車をかけたのが【輝帝竜】の来訪。
その存在を知ったのも昨日の事。まさか翌日にもう相対す事になるとは思ってもいなかった。
その四枚翼と白金の鱗はまさに神々しい。竜神様に一番近しい竜であり、竜の王というのも納得だ。
だが広場を埋めるほどの巨体とその威圧感は只事ではない。
何とか気を張っていたものの、背中には大量の汗が流れ、腰が引けるのを何とか堪えるのが精一杯だった。
おまけに頭に直接響くように喋るその声は、まさしく畏怖の念を押し付けてくるよう。
跪け。頭を下げろ。そう言っているかのように聞こえたのだ。
竜が人語を介す事にも驚いたが正直それどころではない。私には立ち尽くす事しか出来なかった。
しかしセイヤ殿はその『竜の王』と正面から真っ当に渡り合った。
臆することなく、自ら正面に立って。
それはどちらが王なのか分からないほど。
これほどの胆力はただ強いとか、竜との戦闘経験があるとか、そういった事ではありえないと思う。
『女神の使徒』だから。それはそうなのだろうが、それだけでもない。
我々とは器そのものが違うような、人より神に近しい存在なのかもしれないと感じた。
最後にはあの子竜――プラムと名付けられた【輝帝竜】の子供の存在だ。
ここまで来るともはや全てを理解する気さえ失せる。漠然とただ目の前の事象を眺めるだけだ。
一つ言えるのは、歴史的瞬間に立ち会ったという事。
女神の使徒、竜の王、次代の女王。
確実に伝承に残る一幕。そこに私が居たという事実は後になって感動を覚えるものだった。
「師匠! 結局あれは何だったんです!?」
「あんな竜が居るんですか!? 四枚翼で金色だなんて……!」
その日も避難した里の皆がそう聞いてくるのを
しかし全てを公表するわけにはいかない。
少なくとも私個人の判断でどうこう出来る問題ではなく、族長を始め、ディアクォやスェルオらと共に協議してからとなるだろう。今は曖昧な事しか言えない。
「ツェンさんが連れてきた人たちが原因なんですか!?」
「あの人たち、メチャクチャ強かったからなぁ……全然見えなかったし」
「ホントだよ。里の外にはあんなのばっかなのか?」
ここは言っておかねばなるまい。あの人たちが異常なだけだと。
他種族を侮ることはならないが、かと言って恐れるのは間違いだ。
我らはどの種族よりも強くあらねばならない。
それが竜神様の眷属たる
……とは言え例外はあるのだがな。
さて、その例外の方々は今頃どれだけの竜と戦っているのやら。
今さら心配などするわけもない。私は土産話を楽しみにしておこう。
■セイヤ・シンマ
■23歳 転生者
「あっ」
山脈を地道に登りつつ、ワイバーン五体と土竜を一体、そしてマーダーファングというティラノとラプトルの合体恐竜のような亜竜を二体狩ったところで、ふと気付いた。
皆の視線が俺に集まる。
「そういえば竜神の言ってた『十か二〇体くらいなら竜種を狩ってもいい』ってのは亜竜も含まれるのか?」
あの時は亜竜を含まない純粋な竜種だけのつもりでいた。だから『そんなに狩るつもりねーよ』と思ったわけだ。
しかし亜竜も一応は竜種であり竜神の眷属には違いない。
竜種のカテゴリーの中で、下位竜のさらに下に居るのが亜竜のはずだ。プラム曰く。
だとすると、まだそれほど登っていないのにも関わらず、すでに八体の竜種を狩っている事になる。
この調子で亜竜が群れて襲ってくるとなると、すぐに二〇体オーバーだろう。
「うーむ、妾は亜竜を含めずに『十から二〇体』のつもりでおったがのう」
「プラムの感覚では亜竜を竜種に含めないと?」
「竜ではあるが竜ではない、と言った方が正しい。亜竜は『竜ならざる竜』じゃからな」
「難しいなぁ、その感覚は」
プラム……と言うか竜の中での線引きがあるようだが、それを人である俺たちが理解するのは難しい。
竜神の感覚は竜のそれと同じなのかもしれないが、明確な正解とは言い切れないんじゃないかと。
そんなわけでみんなと相談した。
結果、一応亜竜を含めて二〇体を目安にしようという話になった。
念の為、竜神に気を使っておこうと。
これで実は『亜竜含めて二〇体のつもりでいた』となれば竜神が怒るかもしれない。
そうなれば俺たちはともかく
「そうなるとほとんどが亜竜になりそうですが」
「下位竜はあと二~三体くらい狩りたいな。出来れば水竜か土竜以外で」
竜肉が目当てだからな。すでに確保した二種はもういらないから、火竜か在庫の切れた風竜が欲しい。
他の下位竜でもいいんだけど。もっと言えば上位竜でもいいんだけど。
まぁ上位竜は頭が良くて【輝帝竜】にちゃんと従ってるって言うから望み薄だけどな。
下位竜にしても俺たちが知ってるのは四属性の竜だが、プラム曰く他にもいるらしい。
豪竜、氷竜、霧竜、空竜、牙竜などなど。
四属性竜の比べて数も少なくマイナーらしいが、肉以外の素材を考えればそいつらの方が望ましい。
贅沢言うつもりはないけどな。別に土竜がもう一回来ても普通に狩るし。
「二~三体狩る前に亜竜ばかり来た場合はどうしますか?」
「狩らずに気絶させる……かなぁ」
『うわぁ……』
「なんかもうチンピラ組合員に絡まれた時と同じ感じですね」
ああ、それに近いな。腹パンして投げ飛ばせばいいか。
しかしチンピラと同じ扱いというのも亜竜に申し訳ないが……絡んで来る方が悪いよな。仕方ないよ。
ともかくそんな感じで竜狩りをする事にした。亜竜多め、下位竜が少々。上位竜は期待せずと。
一応ノルマであったグレンさんの土竜単独討伐も出来た。
みんなで眺めるだけだったが、危なげな所もなく、言ってしまえば楽勝の類だったんじゃないかと。
以前に負けたのも結構昔らしいし、それからグレンさんがパワーアップしたという事だろう。
まぁうちでの模擬戦を見ている限り大丈夫だとは思ったけどな。侍女の誰より強いんだし、俺みたいに規格外の黒刀がなくても戦闘技術でカバーできる。
強いて言えばグレンさんの戦い方に少し不安な部分があった。
グレンさんは基本的にあまり動かず、相手の攻撃を捌いてからのカウンターが得意なのだ。
それに対して土竜は飛ばないまでも身体は大きく、竜鱗も分厚い。もちろん攻撃力もある。
そんな土竜の攻撃に対してカウンターを狙うというのは少々きつい。グレンさんも動かざるを得ないわけだ。
俺としてはそこが不安要素だったわけだが、グレンさんは普通に攻めても強かったと。
何はともあれ無事に討伐出来たので良しとしよう。
で、あとはみんなで竜狩りするわけだが、基本的に俺は不参加と決めている。経験値が惜しいので投石くらいはするつもりだけど。
戦うのは侍女だ。そして戦術を練るのも指示を出すのも侍女。
前衛組はイブキ、後衛組はフロロをリーダーとしている。
なんでそんな事をするのかと言うと、これも【天騎士】対策の一環である。
五階層で宝魔法陣部屋が見つからなかった場合、天騎士と戦う事を視野に入れながら夜営するはめになる。
俺やミーティアが寝ている時に強敵と戦うかもしれない。それを想定して俺の指示や参戦なしで竜を相手にしておこうと、こういうわけだ。
もちろん上位竜が現れれば俺も参戦するつもりでいる。
プラムの話によれば、おそらく炎岩竜や氷晶竜が上位竜に当たるのだろうし、そうなると侍女たちだけでは無理がある。
ただ下位竜に関しては俺はなるべく出しゃばらない。侍女たちに任せるつもりだ。
イブキとフロロがどういった侍女の運用をするのかちょっと楽しみでもある。
亜竜は出来るだけ少人数で、レベルの低い者を充てるように言ってある。
カイナ組とかユアとかかな。カイナたちからすれば亜竜も強敵には違いないし、いい経験になるだろう。
というわけで俺はプラムと眺めるだけだ。
プラムはしばらく戦闘に参加させるつもりはない。屋敷に戻って色々検証してからだな。
戦闘以前に人の姿で居る事とその生活に慣れないといけないし。
「とりあえず竜狩りは始まったばかりだ。油断せずに行こう。イブキ、フロロ、頼んだぞ」
「ハッ! ネネ、パティ、キャメロ、警戒を絶やすなよ! 竜以外の魔物が出るかもしれないぞ!」
「ケニ、マル! あまり上に行くでないぞ! ワイバーンあたりに見つかると厄介だからのう!」
うむうむ。いいね。
フロロはやっぱり指揮官向きだな。最近は特にノリノリだし。
正式に後衛部隊長に任命するかな。
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