283:探索初日の野営にて



■シャムシャエル 天使族アンヘル 女

■5043歳 セイヤの奴隷 創世教司教位



 探索初日の夜、私たちは三階層を少し進んだ所でキャンプを張ることになりました。

 前回のグレートモスマラソンの時に張った辺りですね。

 一日でここまで来られるものなのかと、自分たちの事ではありますが感心してしまいます。



「リンネ、パティ、ユア、大丈夫か?」


「私は大丈夫ですネ! 魔法いっぱい使ってもらいましたネ!」


「私も大丈夫です。師匠の特訓の方が辛いし……」


「ひぃぃぃ、わ、私も大丈夫ですけど精神的な疲れが……」



 リンネさんは元気いっぱい。パティさんは遠い目をしています。ユアさんはいつも通りですね。

 私やマルティエルは飛んでいるだけですので皆さんほど疲れはないです。

 その代わりに神聖魔法で回復を多く行っていました。


 誰かに掛かっている能力向上バフ魔法を見極め、切れたタイミングですかさず掛け直す。

 疲れが見えた人への回復も怠りません。


 そうして全体を俯瞰しつつとにかく魔法を掛けながら飛ぶというのは、回復役ヒーラーにとってこれ以上ないほどの特訓だと思います。



 三階層に入ればそれに加えアンデッドへの攻撃もしなければなりませんから、より集中する必要があるでしょう。

 マルティエルもタイミングを間違えたり、魔法の制御が甘かったりとまだまだ反省点が見られます。

 私以上に精進が必要ですね。貴女もご主人様の侍女なのですから。



 しかしサリュさんは本当にすごい。


 仮にも神聖国の司教位を授かっている私ですら、その神聖魔法の行使には舌を巻きます。

 ラグエル様や大司教の皆様が戦っているお姿を見た事はありませんが、果たしてサリュさんとどちらが上なのかと疑問を持ってしまうほど。


 これで近接戦闘特化種族である狼人族ウェルフィンだと言うのですから、天使族アンヘルとしては情けなく思う所でもあります。



 以前、サリュさんにお聞きした所によれば、戦いも回復も何も分からない状態でイーリス迷宮に連日潜ったのが経験になったとか。


 後衛がサリュさんとミーティアさんしか居ない状況で、何も知らないまま迷宮で戦い続ける。

 それがいかに困難な事か。いかに非常識な事だったか。今の私ならば少しは分かります。


 そこで我武者羅に皆さんに付いて行き、ご主人様に<カスタム>され、やっとイーリス迷宮を制覇したと思ったらスタンピードで千体もの魔物と六人だけで戦ったとか。


 範囲魔法が使えるのはサリュさんとミーティアさんのみ。

 その状況下でよく千体もの魔物を倒せたものだと、聞いていて恐ろしく思いました。

 それだけ戦えば、なるほどサリュさんの腕前もこれほど上がるものなのかと納得もします。


 今さら私やマルティエルが同じ事を体験するというのも難しいでしょうが、勇者様であるご主人様に並び立ち、共に戦う為にはそうした経験も必要なのでしょう。


 体験したい気持ちもあり、同時に体験したくないという気持ちもあります。


 ……いけませんね。私はラグエル様に選ばれてご主人様の僕となったのですからもっと精進しなければ。



 キャンプ地ではご主人様が<インベントリ>からどんどんと物を出すだけで野営準備はほぼ終わってしまいます。

 マジックテントを出し、夕食用のテーブルと椅子を出し、料理を並べる。それだけ。


 そもそも食堂のテーブルをそのまま持ってくる事が組合員としてどうかと思いますが、食事しやすいので問題ないでしょう。

 願わくば誰かに目撃される事のないよう祈るばかりです。



 食べながら明日の予定を話します。



「とりあえず四階層までは真っすぐ行く。ウェルシアを中心に一塊だな。とにかく三階層を抜ける事を優先する」


『はい』


「問題は四階層に行ってからだ。まずは″シーサーペントもどき″に挑戦したいと思っている」


「いきなり滝つぼに向かうのですか?」


「ああ。『トロールの集落』や『黒岩渓谷』は今回の目的に沿わないからな。黒曜樹は少し欲しいけど」



 以前に四階層に行った時には、まず真っすぐ進み、『トロールの集落』でトロールの群れとトロールキングを倒したそうです。

 しかし今回はそちらに行く必要はないと。


 今回の目的は『火属性の魔石を持つ【領域主】の乱獲』だそうですから、確かにトロールキングやヘカトンケイルを倒す意味はありません。


 トロールキングと戦えないとあって、ツェンさんやティナさん、ドルチェさんが「えぇぇぇ」と反発しています。


 これにはご主人様も苦笑い。そんなに戦いたいのならばと、途中で寄る事にしたそうです。

 私も話に聞くだけで見た事はありませんから、一度見ておきたいですね。



「ともかく最初は″シーサーペントもどき″だ。あいつなら間違いなく火属性の魔石を持ってるだろうし。まさか水属性とかないだろ」


「どうやって滝つぼまで下ります? いや、下りたとしても相手は溶岩の中ですよ? 戦うのは困難では」


「まさかまた釣るんですか!?」



 イブキさんとジイナさんの疑問。【炎岩竜】を釣ったというのは聞きました。

 ご主人様の発想力と行動力、そしてそれを為しえる力。さすがは勇者様だと思った次第です。


 そして今回戦うのも同じく溶岩の中に住む大蛇(?)。

 普通に遠距離攻撃などで倒してしまってはドロップ品も溶岩の中です。



「溶岩を<インベントリ>で回収すればいいんじゃないですか? 聖剣の魔法陣の時みたいに。さすがに溶岩の量が多過ぎますかね?」


「いやサリュ、それは俺も考えたが止めた。おそらく容量は問題なく入るが、滝からどんどん溶岩が落ちて来るからヤツが居る池だか湖だかをずっと空にするってのが出来ないと思うんだよ」


「じゃあやっぱりシーサーペントを地上に引き釣り上げるしかないですよ。釣りでしょう」


「結局はそうなるかもしれんが、とりあえずヤツがどういう行動をとるかにもよる。最初は様子見しつついざとなったら連携して行動できるようにしておきたい。というわけで作戦だが――」



 そこから未だかつてないほど真剣な討伐対策会議になりました。

 それほど難しい状況での強敵との戦闘という事なのでしょう。


 ふむふむ、なるほど……これは私とマルティエルが要と言うことでしょうか……!


 なんという僥倖! ご主人様のお力になるチャンスです! 報告書も分厚くなりそうです!



 かなり細かい打ち合わせで時間をとられ、後は寝るだけという所。



「俺、風呂入るわ。出しっぱなしにするから使いたいヤツは使っていいからな」



 そう言ってテントの隣にドーンと小屋を出しました。

 これは特注した風呂小屋ですね? 初日でしかも三階層だと言うのに早速使うというわけですか。


 侍女の皆さんも興味深々といった様子。しかしお屋敷のお風呂に比べればかなり狭いので同時に入るのは二~三人がせいぜいでしょう。


 二一人全員が入るとなれば結構な時間が掛かりそうです。

 しかし皆さん、ご主人様の影響でお風呂好きな方ばかりですからね。

 おそらく全員順番に入る事になるでしょう。



「ご主人様、私がご一緒します。その方が掛かる時間も短くなりましょう。お背中お流しします」


「そうか。じゃあ頼むわ」


「わ、私も一緒に行きますっ!」



 くはっ! その手がありましたかっ!

 エメリーさんとイブキさんに先を越されましたっ!


 普段はご主人様お一人で一番風呂に入るので、そのつもりでいました……そしてみすみすチャンスを逃すはめに……!


 ぐぬぬ……し、しかし今日はまだ初日! 明日にまたチャンスはあるはずです!



「ん……シャム、翼バタバタさせないで。邪魔」


「あ、すみませんネネさん……」



 ふぅ、どうも興奮していたようですね。時々無意識に動いてしまうのが難点です。


 結局私はマルティエルと二人でお風呂を頂きました。

 小さなログハウスのような造りの小屋に、木製の浴槽。香りも良いですし、何となく落ち着きます。

 お屋敷のお風呂とは全く違った良さが、この小さなお風呂にはありますね。



「お姉様、窓開けていいでござるか?」


「ええ、開けてみましょう」



 浴槽側の壁は木窓のようになっており、そこを開けると大きく開かれます。

 浴槽から遮るものがない自然の景色。思わずマルティエルと「おお」と感嘆の声を上げました。

 三階層ですから景色は枯れ木の森とかなのですが、それでも開放感があります。



「これがご主人様の仰る″露天風呂″というものでございましょうか」


「なんか楽しいでござる! これでアンデッド階層じゃなかったら最高でござる!」


「あまり楽しんでいるわけにはいきませんよ。後ろがつかえているのですから」


「あー、そうだったでござる。早く出ないとダメでござる」



 本当はゆっくりお湯に浸かりながら眺めていたい所ではありますが、他の方のご迷惑になりますからね。

 そろそろ上がらなければなりません。


 しかしご主人様はこの風呂小屋を作って正解ですね。

 私たち以外の皆さんも大絶賛のようです。

 これならば長期間に渡る迷宮探索でも楽しめるかもしれません。

 どうしても<洗浄>だけだと物足りないですからね。お風呂に慣れた今となっては。



 さて、私たちは明日に備えてしっかりと眠りましょう。

 もちろん夜警はしますがね。


 隣でスヤスヤと眠るマルティエルを起こすのは心苦しいのですが。精進してもらわねば。



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