282:探索と言う名の長距離走の始まり
■ツェン・スィ
■305歳 セイヤの奴隷
やぁーっと迷宮に行けるのか! 楽しみだな!
ご主人様から行くって話があってから、あたしはワクワクしっぱなしだったんだが、どうやらそれはあたしだけじゃなかったらしい。
ティナやドルチェ、ラピスはもちろん、いつもはそんなに乗り気じゃない連中がこぞって楽しそうに準備していた。
嫌がってたのは唯一ユアくらいじゃねーか? ま、これはいつもの事。
そうして迎えた出発の日。屋敷内のものはあらかたご主人様の<インベントリ>に入れた。
屋敷を出て正門の所にはすでにズーゴたちが警備に就いている。真面目だなー。
「おはようございます、ズーゴさん。よろしくお願いします」
「おはようございます。お任せ下さい、ご武運を」
正門を出れば人の行列にぶつかる。
まだ博物館の開館までは時間があるが、今朝もどうやら客入りは変わらなそうだ。
あたしらが狩って来た【領域主】を見て驚かれると、何とも自慢気になる。誇らしいもんだ、ふふん。
今回も新しく展示出来そうなヤツを狩れたらいいんだがな。
四階層にはまだ見た事ないヤツも居るだろうし、あたしはそこが今回の探索の一番の楽しみかな。
亀とかももう一回やってみたい気はあるんだけどなー、みんなが乗り気じゃないし。
「げえっ! 【黒の主】!?」
「おお? 【黒屋敷】全員で出掛けるのか? 迷宮?」
「全員集合は久しぶりに見るな……メイドだけで二〇人!?」
「爆発」
博物館が出来てから野次馬との距離感が近くなったような気がする。
前は遠巻きにヒソヒソ喋っているのが多かったが、今日は行列から声を投げかけられたり。
あたしらが迷宮探索に行くと分かれば応援の声も聞こえる。
軽く手を上げたり挨拶程度で通り過ぎるけどな。
ちなみに一番声援が大きいのはイブキだ。なぜかファンが多い。
あとサリュを見て祈るようなヤツが居る。祈る対象、シャムとかと間違えてんじゃねーか?
当のサリュはちびっ子連中と共に手を繋いでルンルンと歩いている。
しかし一番ルンルンなのは中に混ざっているラピスだ。あいつはヤバイ。
あーゆー大人になっちゃいけないってティナ辺りには言っておかないといけないな! あたしが良い大人の先輩として!
そうこうしているうちに大通りに出て、組合に着いた。
朝の時間はやっぱり混んでるな。
まぁあたしらが歩けばザザーッと波が割れるから楽なんだが。
そして案の定、受付のメリーに見つかり、即座に声を掛けられる。
「ええっ!? ちょ、ちょっとセイヤさん! また全員で探索ですか!?」
「ああ、四階層に行ってくる。と言うかとっくに本部長には言ってあるぞ?」
「そうなんですか!? 聞いてませんよぉ!」
情報伝達不足は組合内でやってくれ。
なぜか怒っているメリーを後に、あたしらはさっさと迷宮へと向かった。
「四階層までは飛ばして行くぞー。言ったとおり一応隊列は気にするが本番はあくまで四階層からだ。それまで――特に一、二階層はレベルの低い連中を優先して先頭に出すからなー。三階層は一塊になるけど」
『はいっ』
「よし、じゃあ行こうか」
あたしは四階層までほとんど出番がないんだよなー。
魔竜拳の習熟も含めて出来るだけ戦っておきたい所ではあるんだが。
四階層で戦うにしても火属性耐性ある魔物が多いだろうし、そうなるとあたしの【轟炎の魔竜拳】じゃなぁ……<
という事で先頭に立つのはパティ、ユア、リンネが優先。
次点でジイナ、ヒイノ、ラピス、シャム、マル、アネモネ、ウェルシアあたりか。
生産職は迷宮に行く頻度が限られるし、博物館が出来てからアネモネもウェルシアも潜る数が減ったからな。
あたしとしても戦わせてあげたい所だ。あたしも戦いたいが。
「次の角から十歩先、右側足元に罠! その先左からゴブリン三体来ます!」
最前線のパティが声を上げる。いっちょまえに斥候らしくなってきた。うんうん。
うちらの場合、先頭を
ネネから教わっているんだろうがパティもよくやれるもんだよ。ホント。
ちんたら歩くと時間が掛かるし、速すぎても追いついて来られないヤツが居るかもしれない。
だからうちのクランにおける先頭、ペースメーカーは大事なんだよな。
まぁ一番付いて来れなそうなユアがパティの近くにいるから、それさえ気にすれば問題ないと思うが。
……それに何か色々と
「ひぃぃ……また私ばっかり……皆さんどうもすみません……」
「ユアさんすっごい光って綺麗ですネ! 私も光ってますけどユアさんが一番綺麗ですネ!」
問答無用で後ろから
光り方でどんな魔法が掛かっているか分かるらしいんだが、ユアの場合は最早光り過ぎて何の魔法なのかも分からないほどだ。
回復と敏捷上昇くらいでいいと思うんだが。まぁ魔法を使ってる方の訓練も兼ねているから別にいいんだけど。
前回の三階層探索よりも若干速いペースで走りつつ、危なげなく進む。
一階層で出てきた【領域主】はリザードキングだけだった。ゴブリンキングもコボルトキングもなし。
そのリザードキングはご主人様の指示により、リンネが単独で瞬殺した。
あのショーテルという武器は厄介だ。あたしも模擬戦で何度か戦わせてもらったが。
?←こんな形の剣でどうやって斬るんだと思ったが、扱いは普通の剣とは比べ物にならないほどに複雑怪奇。
尖っている方で引っ掛けるように振るう時もあれば、丸まっている方で撫でるように斬る時もある。
順手かと思えば逆手でも振れる。
受けるこっちの身としてはその都度考えて受けねえと、思わぬ刃が届いたりする。
こう言っちゃなんだが、あのリンネが使いこなしてるのが不思議でならねえ。
あたしが使ったら頭パンクしそうだよ。
ご主人様もそれを見越して【敏捷】と【器用】を重点的に<カスタム>しているそうだが、なるほど器用でなければ使えない武器だなと思った。
ともかくそんなこんなで一階層は昼前に突破。二階層へ。
「おおー! ホントに外ですネ! 迷宮とは不思議なものですネ!」
初めて二階層に来たリンネがはしゃいでいる。
博物館の説明書きでもあるし知識としては知っていても、実際に来ると驚くものらしい。
確かに『屋外っぽく作られた地下』じゃなくて『まんま屋外』だからな。想像以上だったんだろう。
ここは道とかないから、全員が広がって進む事が出来る。
ある程度はこっちも戦えるな。パーティー編成は崩さないが。
と言うか遠距離攻撃が出来るヤツらがドンドン魔法とか矢を撃つからあたしの出番があんまないんだが……。
魔竜拳の<
<空拳>はもっと範囲狭いし。おこぼれを貰いながら進む感じだ。やるせない。
あたしだけじゃなく、みんなが我先にと攻撃するもんだから必然的に移動速度も上がる。前へ前へと出たがる。
なんだよ、やっぱり今日はみんなやる気なんだなー。
普段はあまり前に出ない侍女も出てるし、ご主人様もそれに釣られて楽し気だ。
「なーんかみんな張り切ってるわねぇ」
「こういうの久しぶりな感じだね!」
「ちょっと出過ぎじゃないですかねぇ、皆さん」
あたしもそうだが普段は前に出て行くラピス、ティナ、ドルチェが逆に引いている。
みんなのやる気と反比例してこっちは冷静に見ちまうな。
いかんいかん、見てるだけじゃ本当に乗り遅れる。あたしも攻撃しないと。
そうして『平原エリア』を進み、いつもの如くグレートウルフを一蹴――と言うかマルの一射で倒す。
マルはさすがに複合弓の扱いに慣れたようだ。威力と飛距離が今までとは段違い。
ただうちのクランの場合、弓で比べる対象が
相当良い弓だとは思うが、さすがに
何にせよグレートウルフを超遠距離から一撃で倒せるんだからマルも相当の使い手になってきたんだと思う。
「これで少しはお役に立てるようになったでござる!」
「あらぁ~良かったわね~、よーしよしよし」
ラピスが走りながら器用にマルを撫でている。
いつの間に近寄ったんだアイツは……別パーティーのはずだが。やっぱりヤバイ。
「うーん、この分だと相当早く『砦』に着いちゃうな。今日は三階層で野営するか? この前キャンプ張った辺りに」
「そうですね。夕食の時間が少し遅れるかもしれませんが十分可能な範囲かと」
「よし、じゃあ一気に行っちまおう」
ご主人様とエメリーの相談で、今日のうちに三階層に行く事になった。
いつものように『砦』で一泊じゃないんだな。
前回に三階層で散々キャンプを張ったから、さすがに三階層への忌避感は薄れているんだろう。
とは言えアンデッドの近くでキャンプは張りたくないが。
だからこそ前回と同じく『森』の近くに張るんだろう。
いくらテントが″魔物避け″でもあたしだってアンデッドのそばで寝たくはない。
ともかく、そうと決まれば『砦』は通過するのみだな。
砦自体は二階建てだが、入ってそのまま真っすぐ行けば、ウェアウルフロードの部屋だ。通り抜けるだけなら一番早い。
「ロードはヒイノ。六体のウェアウルフはそれぞれ、パティ、ユア、リンネ、ティナ、マルティエル、ドルチェに任せる。いいな?」
『はいっ!』
あたしはまたお預けかー。
てっきりロードをユアとかパティに任せると思ったが、まだご主人様の中では不安なようだ。
ヒイノならタイマンでも安全に倒せるからな。ユアはともかくパティなら行けそうな気がするが。
まぁさっさと進むに越した事はない。
あたしの本番は明日からだな!
この分だと明日中には四階層に行くだろ。
トロールキングとタイマンしたいんだがなぁ……やりたがるヤツが多そうで困る。
亀とかどうすんのかなぁ……やる方向で焚きつけてみようかなぁ……。
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