284:四階層到達、探索開始



■ラピス・アクアマリン 人魚族マーメル 女

■145歳 セイヤの奴隷 アクアマロウ海王国第一王女



 探索二日目。私たちは三階層の途中からスタート。

 階層中央部にある『廃墟エリア』から真っすぐ北上し、『不死城』を目指す。


 ここは前回の三階層探索で私も回った所だから、気持ち的にはそれほど盛り上がらないわね。

 来た事がないのはリンネだけ。

 いつも元気なリンネもさすがにアンデッド相手だとテンションは下がるらしく、時折「ひぃぃ」と声を出している。


 ん? ユアじゃないわよね? まぁユアも言ってるけどいつもの事だし。



 今さら三階層を慎重に進むわけもないという事で、後衛陣が遠距離からバンバン撃ってさっさと通過する。

『廃村エリア』にデュラハンが率いた軍みたいのが居たけど……今さらデュラハン出て来てもねぇ。

 あれでしょ? リッチの部下扱いのやつ。そんな感じ。



 しかし『廃墟エリア』を抜けてから『不死城』までの道のりは湿地のように足元がぬかるんでいる上に、ポイズンフロッグという毒吐き蛙が出て来る。


 三階層は状態異常をしてくる魔物が多いから困るわよね。

 まぁ近づく前に倒しちゃうから問題ないけど。



 さて、そんなこんなで『不死城』に到着。五階までを最短ルートで駆け上がる。

 時刻は昼過ぎ。やっぱり速い。

 ま、速いに越した事はないわね。さっさと四階層行きたいもの。



「サリュ、シャムシャエル、マルティエル! 三連<聖なる閃光ホーリーレイ>で玉座の間を薙ぎ払えー!」


「「「はいっ!」」」



 無常。そして無情。


 確かに前回リッチマラソンして嫌ってほど戦いはしたけど、さすがにこれは酷いわ。

「うわぁ……」という声が方々から聞こえる。


 極太の白色光線で埋め尽くされた玉座の間。

 せめて神聖属性が弱点でないガーゴイルくらいは残っていてくれ……と思ったけどやっぱり無理ね。

 リッチ用にサリュが追撃の<聖なる閃光ホーリーレイ>撃ったし。ああ無情。



「よーし、さっさと四階層行くぞー。着いたら昼飯なー」


『はいっ!』



 ドロップ品をパパッと<インベントリ>に入れたご主人様がそう声を掛ける。

 お昼なら仕方ないわね。さっさと行きましょう。



 とは言え、ここから先は私にとって未知のエリア。期待に胸が膨らむ。

 博物館の展示でも見ているし話もかなり聞いてはいるけどね。


 同じく来た事がないのは、シャム、マル、ユア、パティ、リンネか。

 表情は様々。緊張感があったり怯えていたり、私と同じく楽しそうなのはリンネとマルくらいかしらね。



 長い螺旋階段を下りて、四階層への階段へ。

 次第に赤い光が見え始め、纏う空気が明らかに変わった。

 暑い……いや、熱いんでしょうね。侍女服が耐熱カスタムされてて助かるわ。


 人魚族マーメル樹人族エルブス以上に火耐性がないのよね。

 だから私の魔竜槍はあえて火属性にしてもらったんだけど。


 ここは耐熱装備なしだったら本当に死ぬわ。私が一番に。

 市販品の耐熱装備とかでも無理かもしれない。ご主人様の<カスタム>は異常な性能だし。



 そんな事を考えつつ階段を降りきれば、目の前に広がるのはまさに″地獄″。

 黒と赤の世界。絶えず噴火する遥か前方の火山。そこから出るのは真っ黒い噴煙と煮えたぎる溶岩の噴流。

 エメリーが書いた展示物のイラストでも見たけど……実際に見るのとは大違いだわ。



「何とも……すごい階層でございますね……」


「ほぇ~、すごいでござる……」


「ひぃぃぃ……ほ、ほんとにこんなトコ探索するんですかぁ?」


「ここがあたいの死に場所か……」


「うおおおお! なんという迫力! これは燃えますネ!」



 反応は千差万別。私は楽しみだったのが少し減った感じかしら。

 これほどの熱量は想定外だったわね。

 本当に人魚族マーメルにとっての地獄だわ、ここは。



「とりあえず飯にするぞー。ここまでは魔物も来ないはずだから」



 ご主人様はふつーにテーブルをセッティングし始めた。

 正直こっちはご飯どころじゃなくなったんだけど。え、この状況で食べるの?

 あー、いや、食べます、頂きます。食べておかないと本当に持たないかもしれないもの。


 昼食だから軽めのものだけど、それを皆で摘みながら、改めて四階層の説明をされる。



「真っすぐ火山方面に行くと『トロールの集落』がある。もうトロール見えてるけどな。中央の道は歩きやすいけどトロールが結構出るんだ」



 遠目にトロールを見ながら食事とか……よくみんな食べられるわよね。

 結構強いって聞いてるわよ? 実は案外余裕なの?



「で、右手の暗い方向。こっちは『黒岩渓谷』な。暗くて狭い上にサイクロプスとかが出て来る。そこを抜けると広場になっててヘカトンケイルが居る。行かないけどな」



 火山から流れる溶岩は左手方向に川を作っているわね。対して右手方向は真っ暗。

 見てみたい気持ちもあるけど、今はそれよりもこの階層に慣れる事が重要だわ。

 ちょっと雑魚と戦ってみてから判断したいわね。



「その広場の先――北側にあるのが『黒曜樹の森』だ。ここには行くつもりだから承知しておいてくれ。行くタイミングはルート次第だな」



 例の黒曜樹ね。すっごい希少で高価な。フロロたちの杖のやつ。

 こんな所にまで来ないと採取出来ないんじゃ私たちがいくら採っても高価なままでしょうね。

 来られる人が限られてそうだし。殿下もよく来るわよね、ホント。



「で、今から向かうのは左手の『溶岩池エリア』な。少し北側に行けば『溶岩湖』があってそこに亀が居るんだが、目的地は滝つぼだから、そこまではこの南端の壁沿いに行く。池もあんまりないし通りやすいしな」



 溶岩の川が造り出した池や湖。それが点在するエリアね。

 天然の迷路とはよく言ったものだわ。

 しかし滝つぼに向かうだけならば、南端の四階層入口がある壁沿いに進むだけで、その池迷路の方に行く必要すらないと。


 そうして昼食も終わり、トロールと戦いたい気持ちを抑えつつ、壁沿いに歩き始める。

 さすがに早歩きもしない。完全に徒歩だ。

 斥候もしつつ警戒もしつつ、これぞ探索って感じ。


 話には聞いてるけど溶岩の中にも魔物が居るみたいだしね。そこから強襲してくる事もあるんだとか。


 今、エメリーがその溶岩池から魚を釣ったけど……よく釣れるもんだわ。あの娘は本当におかしい。



「あれ? エメリー、その鎖鎌、形状変えたのか? ……って言うかそれ鎌じゃなくてショーテルじゃねえか」


「ええ、ジイナに造ってもらいました。こちらの方が釣り針のようですし」


「私、釣り針のつもりで造ったんじゃないんですけどね……それ一応、魔竜曲剣なんですけど……」


「安心して下さいジイナ。剣は剣として使いますから。鎖と併用するのはこの時くらいです」


「全然安心する要素ないんですけど……ああ、だから柄尻に輪っかを付けろって指示だったんですか……鎖をジョイントする為に……」



 な、なんかジイナが不憫になってきたわね……。

 ご主人様も大概だけどエメリーもヤバイわね……相変わらず。

 ティナとかにも言っておかないとダメね。あんな大人になっちゃダメよって。


 そうこうしているうちに徐々に滝へと近づいてくる。

 溶岩の川は途中で分岐し、池や湖を経て、やがて滝に集約される。

 真っ赤に光る溶岩の流れ。それは恐ろしさと美しさを兼ね備えたものだ。


 近くでビシャンとでも跳ねようものなら、誰だって火傷だろう。私の場合火傷で済むのか……保障などない。



「<水の遮幕ウォーターヴェール>」



 最近になって練習し出した能力向上バフ魔法で火耐性を上げる。

 この階層において水魔法の重要性は計り知れない。


 侍女たちの中で水魔法を使えるのは私とポル、そしてウェルシアだけ。

 三人で協力して火耐性を切らさないようにとご主人様からも先に話があったのだ。

 それを今、私は実感している。



 灼熱のエリアで冷や汗を流すという違和感を抱えながら、滝までやって来た。

 皆が滝の横の崖っぷちに立ち、下を眺める。



「うーん、やっぱり居るなー」


「うわぁ……こうして見ると絶望しかないのう……」



 皆がフロロの言葉に頷いている。

 どれどれと私も崖下の景色を見る。

 思わず息を飲んだ。そして「えぇぇぇ」と声が出る。


 瀑布の如く流れる滝の真下は大きな池のようになっており、そこから先に流れる川などはない。

 どこに流れ出るのか、湖の下に大穴でも開いているのか。


 しかしそんな事を考える暇も与えないのは、溶岩池の主であろう、ニョロニョロと蠢く巨大な魔物。



 私はかつてシーサーペントを一度見たことがある。


 国の近隣に現れたという事で討伐隊が派兵されたのだ。それに勝手に付いて行った。

 そこで見たのは青い鱗の巨大な蛇。船に長い身体を巻き付け、潰すように沈めていた。


 結局こちらに興味がなかったのか、そいつはこちらに攻撃する事もなく遠くに消えていったのだが、そのあまりの迫力は軽くトラウマになったほどだ。


 それ以来私は見ていないし、あれが果たして標準的なサイズだったのかも不明だ。



 改めて眼下の蛇を見る。

 真っ赤な鱗。太さも長さも、おそらく私が見たシーサーペント以上。顔付きも違うし背びれなんかなかった。


 つまり――



「あれ、シーサーペントなんかじゃないわよ!? 誰よ、シーサーペントとか言ったヤツは!」



 トラウマを通り越して、私は憤慨した。



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