157:喜劇は時に悲劇へと連なる



◎中央区(組合本部):第五席 小人族ポックルティティ、合成魔物キメラvsツェン、フロロ、サリュ


■ツェン・スィ 竜人族ドラグォール 女

■305歳 セイヤの奴隷



 組合本部の建物は四階建てらしい。無駄にデカイ。

 さらに戦ってるのは屋上だ。五階とか『不死城』と変わらないじゃねえか。

 階段を上っている最中もドンドンと戦闘音が聞こえ、焦れったくなってくる。


 やっと着いた先、扉を開けるとそこはもう戦場の真っ只中だ。

 石造りの城壁を思わせる屋上は、凍らされ、燃やされ、爆破され、戦いの傷跡が生々しい。


 倒れている連中も多い。回復に走っている回復役ヒーラーも居る。

 サリュをこっちに回すべきだったか……?



「【黒屋敷】! 来たか!」


「メルクリオ! 遅れてすまん! 状況は!?」


「最悪だよ! あの合成魔物キメラとかいうの、魔法が全く効かない」


合成魔物キメラ?」


「上に乗ってるあいつ・・・がそう言ってた」



 言われて見上げれば、その合成魔物キメラってのが近くに見える。

 改めて見ると厩舎くらいデカいゴールデンレオがベースなのは間違いねえ。


 だがレオの顔の左右に、おそらくキングゴートの山羊頭と地竜ランドドラゴンの頭が付いてる。

 前足も地竜ランドドラゴンのそれだ。竜鱗と鋭い爪。

 おまけに翼は蝙蝠だか竜だか分からねえが、それで自由に飛べるらしい。



 首の根元には小さい人影が見えた。

 ありゃ小人族ポックルか? あいつが操ってるのか?



「はははっ! 見ーつけた! 君たちが【黒の主】とか言う基人族ヒュームのメイドでしょ! 僕は第五席のティティだよ!いいの? こんな所に居て。僕の合成魔物キメラに殺されちゃうよ? はははっ!」



 ふざけた野郎だな。

 笑ってる間も魔法や弓矢の攻撃を受けているが、確かにまるで効いてねぇ。

 素の防御力も高いんだろうが、魔法が効かねえってのは厄介すぎる。



「はははっ! 何度やっても無駄だよ! 早く逃げないと殺されちゃうぞー、こんな風にねっ!」



 小人族ポックルが手をかざすと、その方向に炎のブレスが吐かれた。

 確かにヤツが操ってるっぽいな。手綱握ってるわけでもねえのにどうやってんだ。

 しかし、かと言って、ヤツを倒したところで合成魔物キメラが止まるとも思えねえが……。



「させるかっ! 岩の壁ロックウォール!」


「フロロ!」


「守りは任せろ! ツェンは攻撃を頼む!」



 すげえ反応速度と行使速度。それに壁の強度もある。

 まあ、あの亀の攻撃とか一時的とは言え壁作って防いでたからな。これくらいは当然か。

 メルクリオとか本部長とか目を見開いてるぞ? これがあの占い師かってよ。



 しかし攻撃と言われても、あたしにはシャムみたいな翼はないし、ご主人様みたいに<空跳>を持ってるわけじゃねえ。


 思いっきりジャンプすれば届くだろうが単発の上に隙だらけになっちまう。

 どうしよう……あー、めんどくせえ!



「攻撃しろって、どうすんだよフロロ!」


「知るか! 汝しか攻撃通りそうなのがおらんのだ! 何とかせい!」


「出来たらしてるわ! 飛べないから困ってんだよ、バーカ!」


「汝に馬鹿と言われたくないわ! ええい! つべこべ言わんでさっさと行ってこいっ! 岩の壁ロックウォール!」


「うおっ!」



 あの野郎、あたしの足元に岩の壁ロックウォール撃ちやがった!

 突如生えてきた壁に押されて、あたしの身体が跳ね上げられる。

 真上に昇る浮遊感に身体をひねると、フロロのドヤ顔が見えた。



「達者でなー!」


「てめえ、覚えてやがれ! バーカ、バーカ!」



 フロロの周りには唖然とした表情で見上げるメルクリオたちや本部長、組合員どもの顔。

 ふと横を見れば、ティティとかいう小人族ポックルも同じ表情で見てやがる。

 何やってんだこいつ、って顔だ。


 やったのはフロロだ! あたしをそんな目で見るんじゃねえ!



 動きを止めた合成魔物キメラの真上、あたしの身体はようやく昇らなくなった。

 あとは落ちるだけ……おっ、ちょうど真下が合成魔物キメラの背中じゃねえか。

 いい足場だ! フロロ、これを狙ってやがったのか!


 身体をくるっと回し、フカフカの毛皮の上に着地を決める。よーし。



「ひいっ! く、来るなっ! ぼぼ僕のっ! 僕の合成魔物キメラに乗るんじゃないっ!」



 なんだこいつ。途端に怯えやがって。

 まぁ関係ねえ! どっちにしたってお前のせいで組合も周りの建物も壊されてんだ!

 今さらあーだこーだ言っても無駄だよ!



 あたしは合成魔物キメラの首の根元でへたれ込んでるティティに向かってダッシュ。

 右手を振りかぶったまま速攻で近づく。



「ややヤメロぉ! 来るな! ぼ、僕は【天庸】なんだぞ!? 僕は――」


「うるせえよ、チビ助っ! くたばりやがれっ!!!」



 ―――ドゴオオン!!!



 速攻の上に全力の腹パン。デカい風穴を開けつつ、吹き飛ばした。





■スペッキオ 導珠族アスラ 男

■303歳 迷宮組合カオテッド本部長



 【天庸】によるカオテッド襲撃の一報を受け、職員の避難と迎撃の準備は迅速に行われた。

 もともと危惧していたというのが大きい。定期的に避難訓練も行っていたのも幸いした。


 とは言え、実際に襲撃を受ければ迎撃要員にと期待していた組合員もその多くが迷宮に行っており、衛兵団も中央区の住民への避難指示で忙しい。


 おまけに予期しない『空襲』であり、襲って来たのは見たこともない魔物だと言う。

 ままならんものだと溜息の一つも吐きたくなるが、そうも言ってられん。



 応援に駆け付けた【魔導の宝珠】がありがたい。

 特にメルクリオは魔導王国では天才と謳われる魔法使い。今や儂以上の力量と言っても良いじゃろう。

 相手が空を飛ぶ以上、魔法か弓かでしか攻撃手段はなく、魔法主体の【魔導の宝珠】は何よりの戦力と言っても良かった。



 しかし、まさか魔法も弓も何も効かんとは思わなかった。

 全てがゴールデンレオの毛皮と地竜ランドドラゴンの竜鱗に阻まれる。

 本来このような防御性能はないはずじゃが、やはり錬金術師ヴェリオの手が入っていると見て間違いない。


 打つ手もなく、苛烈な攻撃に守るだけの時間を耐えていると、やって来たのはフロロと竜人族ドラグォールのメイド……確かツェンとか言ったな。


 【黒屋敷】が派遣してくれるのは助かるが、二人だけかと少し残念に思ったりもした。

 もちろんセイヤが狙われているという事情も聞き及んでおる。


 だが、セイヤ本人か、魔剣使いのイブキ、空を飛べる天使族アンヘルくらいでなければ、この化け物とはそもそも戦えんじゃろうと。



 ……そう思っていた儂が間違いじゃったという他ない。



「させるかっ! 岩の壁ロックウォール!」



 フロロの放った岩の壁ロックウォールは的確に化け物のブレスを防いだ。

 その速度、正確性、強度、どれをとっても超一流。メルクリオでもこうはいくまい。

 それをあの・・フロロが放ったのだ。十年間、ただの占い師として活動していたフロロが。


 【黒屋敷】に加入してからの躍進、それは知っておる。

 だがそれまで戦闘経験もないはずのフロロがこうまで見事に魔法を使っておるのだ。

 この目で戦いぶりを見るのは初めての事。だからこそ……フロロの十年間を知っているからこそ驚いた。



 しかもその後が問題じゃ。

 竜人族ドラグォールのツェンと言い争ったと思えば、何を血迷ったのか、ツェンに魔法を放ち、上空へと打ち上げたのだ。


 そんな魔法の使い方するヤツがおるか!?

 どう見ても同士討ちじゃ。儂らは目口を開き、時が止まってしもうた。



「おお、ラッキーだのう。上手い事背中に乗りそうだ。うむうむ」



 狙ったんじゃないんかい! お前、ちょっと前までそんな事する子じゃなかったのに!

 何が起こった!? セイヤか!? セイヤの仕業か!?


 未だ呆けていた儂らにフロロが顔を向ける。



「本部長、メルクリオ、すぐに下に行って周りの住人を避難させてくれ。おそらくツェンが落とすぞ」


「なっ!?」


「こ、ここの守りはどうする!? 迎撃は!?」


「我が居れば問題あるまい。ここは任せよ。……と言うか、ほれ、もうティティとか言う御者は倒したぞ」


「「はっ!?」」



 血肉をまき散らし吹き飛ばされる小人族ポックルの姿が目に入る。


 【天庸】を……【十剣】を一撃で倒しよったのか……!


 いや、待て! 御者を失くした化け物はどうなる!? 操っていた者が死ねば……!



 いかん! 下手すれば被害が広がるぞ!



「ほれ、今はまだツェンの馬鹿が押さえておるようだ。しかし近いうちに無理矢理地べたに下ろすだろう。今のうちに下へ急げ」


「わ、分かった! ここは頼むぞ、フロロ!」


「うむ、我に任せよ。本部長よ、死ぬんじゃないぞ?」



 たわけが! こんなパニックのまま死ねるか!

 儂はメルクリオたち組合員を引き連れ、階段を駆け下りた。


 全く、フロロも毒されおって。【黒屋敷】の連中が絡むと本気で寿命が縮むわい。



 あとで文句と礼を言ってやるから覚悟しておけよ?



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