158:刃の雨は無常にも降り注ぐ
◎屋敷:第四席
■ガーブ
■???歳 【天庸十剣】 第四席
屋敷の前の通り、その広さを使いつつ【黒の主】との戦いは激しさを増しておる。
広いと言っても大通りに比べればだいぶ狭いが、それでも屋敷の庭とかで戦うよりマシじゃろう。
こやつは速度重視の戦い方らしく、かなり激しく動きながら戦うからのう。
しかし、改めて思うが……このセイヤという男は強い。
間違いなく儂がこれまで戦ってきた誰よりも強いと思える。
戦い方は素人に毛が生えたようなものじゃが、力・速度・体力などはあらゆる面で儂を上回っておる。
技術が伴っていないから躱せるし防げるが、一撃でも貰えば儂もボルボラと同じように真っ二つじゃろう。
かつてない敵、かつてない緊張感、そしてかつてない楽しさ。
こんなに楽しい殺し合いは初めてかもしれんぞい。
「むっ?」
そう思っていたら、強引に距離をとりよった。力任せに剣を弾かれた儂が少し後方に飛ぶ。
仕掛けてくるのう。
目が完全に今までと違うわい。
攻めあぐねていたのは向こうも同じ。しかし我慢出来なくなったんじゃろう。
それを打破しようと何か企んでおる。
すぐに突っかかって策を潰すのは容易い。
だがそれ以上に興味がある。見たい気持ち、もっと楽しみたい気持ちが強い。
「かははっ! さあどう出る、セイヤ!」
結果、儂は笑うだけに留めた。
この強者の全力を見てみたい。そしてそれを討ち果たしたい。好奇心が勝った。
「<空跳>!」
距離が開くや否や、セイヤは<空跳>のスキルで上へ上へと駆けあがる。
珍しいスキルを持っておるのう。しかも連続で使いこなしておる。
あっという間にワイバーンで飛んで来たほどの高さまで上りおった。
空から攻撃するつもりか。儂が剣士である以上、対空手段に乏しいと?
ただそれだけでは浅はかだと言わざるを得んぞ。
がっかりさせるなよ、セイヤ?
「<飛刃>!!!」
上空に留まったまま繰り出してきたのは<飛刃>の斬撃。それもとんでもない数の刃じゃ。
一撃で儂を戦闘不能に追いやる風の刃が、雨のように降ってくる。
なるほど! これはっ……!
「うおおおおっ!!!」
―――キンキンキンキンキンキン!!!
儂は二本の剣を駆使して儂の真上の刃のみを弾き続ける。
通りに敷かれた周りの石畳が瞬く間に欠片に変わっていく。
当然じゃ。儂だけじゃなく周り全てを斬る勢いで<飛刃>を放っておるのだからな。
……まさか足元を悪くするのが狙いか? 自分は<空跳>で自由に動けるから、儂の動きを制限させようと?
そう思ったのも束の間、セイヤは次の行動に出た。
「<空跳>!!!」
ヤツは
黒い細剣を鞘に戻し、自ら放った斬撃の雨の中に頭から突入したのじゃ。
落下速度と<空跳>の跳躍を合わせてとんでもない速さで降りて来る。
儂の真上から。一直線に、儂を目がけて。
「なるほど、面白いっっ!!!」
空に上がったのも、<飛刃>の雨も、その布石か!
儂の足を止め、自らが最高速度で突っ込む為!
地面にぶち当たる事も厭わぬ、自爆覚悟の最高の一撃を放つ為!
最高に面白い! 儂は刃の雨を防ぐのを最小限に抑えつつ、真上から迫るセイヤを迎え討つ。
最高の強敵の最高の攻撃には、最高の技でもって迎えるのが礼儀。
儂は両手の剣を下げて、目いっぱいの力を籠める。
「うおおおおっっ!!!」
「行くぞセイヤぁ!!! 奥義【逆鱗断ち】!!!」
振り上げる二本の剣。それは竜の逆鱗だろうと砕く、儂の最高威力を誇る剣技。
人相手に放てば殺すだけでは済まない。肉体はスライムの如くはじけ飛ぶ。
いくらその速度で向かって来ても、タイミングを合わせるのは問題な―――
「―――<抜刀術>【居合斬り】っっ!!!」
―――儂には
最高速度で落ちて来るセイヤ。鞘に納められた剣がいつ抜かれたのか。
しかしセイヤの剣は確かに儂の剣と交差した。
剣戟音は聞こえないが、儂の剣が二本とも真っ二つになったのが見えたから間違いない。
―――ドオオオオン!!!
儂が地面に叩きつけられたのは、セイヤの剣戟のせいか、それともセイヤ自身が突っ込んで来たせいか。
口から吐き出されたのが血なのか何なのか。
右半身の感覚がないのはダメージによるものか、それとも右半身が
そして、儂はこの状況でなぜ笑っているのか。
……そりゃそうじゃろう。最高に楽しんだのじゃからな。
■セイヤ・シンマ
■23歳 転生者
「ご主人様! シャム! 回復を!」
「は、はいっ!
あー、いたたた……。自爆特攻なんかするもんじゃないな。
正門前の通りがメチャクチャだ。クレーターが出来てやがる。
一張羅の喪服も……はぁ、とりあえず<洗浄>しておこう。
ガーブに勝つには何とかして一撃を与えるしかないと思っていた。
しかし普通に攻撃しても躱されるわ弾かれるわ、全く当たる気がしない。
何か一つ、絶対的に勝てる条件で勝負するしかないと。
俺が確実にガーブに勝っていると言えるのは、残念ながら
ステータスで勝っていても技量で負ける。しかし剣と剣ならば確実に勝つ。癪だけど。
だからこの黒刀で最高の一撃を放てれば良い。
それは即ち<抜刀術>での【居合斬り】だ。
これが世界唯一の
それを最大限に活かすなら<抜刀術>だろうと思う。刀ならではの最速の一閃。
あとはそれを使える場面を作るしかない。
上空からの急降下。ひもなしバンジー。おまけに大量の<飛刃>付き。
こっちが最高の一撃を用意してやれば、ガーブは迎撃してくるだろう。性格的にそれを避けたりはしない。
それは賭けだったわけだが、案の定、乗ってくれた。
黒刀はガーブの双剣に打ち勝ち、ついでに俺のバンジーのクッションになってもらった。全く柔らかくなかったけど。
シャムシャエルの回復を受け、エメリーの小言を聞き流し、俺はクレーターの中心で未だ息のあるガーブの元へと歩く。
右半身がほとんどないのに、これでよく生きているもんだ。回復なんかしないけどな。
「ごぼっ……はぁ……素晴らしい一撃じゃったぞ、セイヤ……」
「そりゃどうも。……なぁガーブ。あんたヴェリオから改造受けていたんじゃないのか? なぜ奥の手を使わない」
それが疑問だった。
ボルボラは
しかしガーブは?
確かにステータスは高いのだろう。だがそれは【剣聖】として元から高かったものではないのか。
戦ってみて、明らかに「これは改造されてるな」と思える所が見えなかったのだ。
ボルボラには改造してガーブには改造しない? そんなわけはないだろう。
つまりまだ見ぬ奥の手があるのでは、と思ったのだ。
「ふ……改造はされておるよ……盟主様の手に掛かっていなければ、儂はとうに老衰で死んでおる……」
「!?」
「かはは……奥の手と言うのであれば、ここで戦った事、それ自体が″奥の手″じゃよ……」
延命措置……それがガーブの受けた″改造″か。
死に際の身体をこうも動くように残していたのであれば、確かにそれは″禁忌の大錬金術″なのかもしれない。
「感謝しておる……盟主様にも、セイヤにもな……最後にこんな楽しい殺し合いが出来るとは……長生きはするもんじゃなあ……」
「けっ、とっくに死んでる男が言う台詞じゃないだろ」
「かはは……違いないわい……負けるなよ、セイヤ……儂に勝ったのだからな……」
「ああ、言われなくても負けねえよ。安心して地獄に行ってろ」
「ああ……そうじゃな……」
物言わぬ骸となったガーブ。
俺は<インベントリ>に仕舞う前に両手を合わせた。
この世界【アイロス】に来て初めてだ。殺した相手に合掌するのは。
♦
「カカカッ! なんと、ガーブが殺られたか!」
その声に急いで空を見上げた。
目に入ったのは一際大きなワイバーン。その首に跨る
そしてワイバーンからゆっくりと降りて来る
さらにその
今の台詞はあの
「貴方がヴェリオっ!!!」
俺の後ろでウェルシアがそう叫んだ。
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