45:暴れん坊の竜人
■ツェン・スィ
■305歳 セイヤの奴隷
「ツェン・スィ! 貴様は力に溺れ、酒ばかり飲みおって! さっさと誰ぞの元へ嫁げ!」
だったらあたしより強いヤツを連れてこいってんだ。
若衆じゃ誰もあたしに敵わないだろうに。
集落の連中はいっつも竜神様に祈って、適当に魔物を狩って、平々凡々に暮らしてる。
そんな中であたしみたいなのが出てきたって不思議じゃないだろ?
とにかくここじゃ毎日暇すぎるし酒も好きに飲めねえ。
それだけで集落を出る理由は十分だ。
出る時に師匠にこう言われた。
「力で負ければそれは命を取られたと同じ事。ツェン・スィ、もしお前が負けるような事があれば、そして命が残っているようならば、お前はその者の為に生きよ。全てを捧げ、仕えよ」
そんなヤツいるもんかねぇ。
見た中じゃ
それにしたって若衆の弱いやつと同等くらいだ。
あたしの敵じゃない。
山を下りてからはどんどんと南へ歩く。
でっかい街、多すぎる人、飲んだことない酒、どれも面白い。
集落を離れ、こうして見て歩くだけでも新鮮で楽しい。
これだけで旅に出たかいがある。
しかしやはり
見てるだけじゃなく絡んでくるやつもいる。
「おう姉ちゃん何族だか知らねえけどベッピンじゃねえか、こっち来いグアアアア!!!」
こういう無知な奴のほうが助かる。
手加減して狩れば、金置いて逃げる奴もいるし、酒が飲みたいと言えばおごってくれる。
見てるだけの連中を狩るわけにはいかないからな。
あたしが来た鉱王国ってとこは
揃いも揃って酒好きなのがまた良い。
毎日のように酒場で盛り上がる。飲み比べだ。
街から街へ、旅をするのに特に理由はねえ。
街ごとに人もモノも酒も変わるのが面白いからだ。
あたしは少しずつ南へと向かって行く途中、面白い話しを聞いた。
「鉱王国の酒はどれも強すぎる。農耕で有名な南の獣帝国、そこで作られた麦は酒にしてもすげえ旨いんだぞ。それに樹界国の果実だ。あそこのワインも旨い。酒好きなら飲んで損はないぜ」
どうやらあたしの飲んだことのない酒は色々とあるらしい。
しかし南の獣帝国と南東の樹界国、どっちに行くべきか……
「そしたらカオテッドに行きゃあいいじゃねえか。知らないのか? 四つの国が重なった街があるのさ。鉱王国の酒も、獣帝国の酒も、樹界国の酒も手に入る。魔導王国の酒はよく知らないが何かしらあるだろ」
そうしてあたしはカオテッドってとこに向かった。
川沿いを行けば嫌でもぶつかる街だ。
やがて着いたその街はとんでもない大きさ、とんでもない人の多さだった。
規模の大きさに期待が膨らむ。
さっそくぶらつきながら酒場を探した。
しばらく絡んできた奴を狩り、酒場で騒ぎ続ける日を過ごした。
そして南西区で麦酒を飲んでいる時に、男に話しかけられた。
「おめえか、最近よく聞く”酒飲み
「なんだそりゃ。あたしが
「腕っぷしが強いんだろ? やりすぎってくらいウチの連中もおめえにやられてるそうだ」
「あたしを狩ろうとするのが悪い。弱くて狩られても文句は言えない」
「まあな、で本題だが―――うちで用心棒にならねえか?」
あたしは結局雇われ用心棒になった。
飯と酒と寝床もくれるらしいし、言われたヤツを狩るだけの仕事だ。
暇つぶしにはちょうどいい。
そうしてカオテッドの区画ごとの飲み比べをする素晴らしい日々。
しかし楽しい毎日はそれほど続くことはなかった。
あたしを雇ってた【鴉爪団】が狙う、【黒の主】とかいう
見た事はないが知っている。
しかしこの【黒の主】ってのは普通じゃないらしい。
そしてあたしは【黒の主】と戦うことになった。
「
「あたしは強い方だったさ。村を出てからも敵なしだ。そして今回も―――勝つ!」
「悪いがそれはない」
―――あたしは負けた。
全力で殴り、最高速度で殴り、尾まで使って負けた。
気付いた時にはあたしは瓦礫の山の中だ。
体格も種族も経験もあたしの方が上。
なのに完敗だった。
悔しさ、悲しさ、憤り―――そんなものはない。
あるのはただ″感動″のみ。
『力で負ければそれは命を取られたと同じ事。ツェン・スィ、もしお前が負けるような事があれば、そして命が残っているようならば、お前はその者の為に生きよ。全てを捧げ、仕えよ』
忘れかけていた師匠の言葉を思い出した。
そうか、あたしはあいつに……【黒の主】に命を捧げたのか。
種族の弱さをものともしない、圧倒的強さを持つ【主】。
あたしの力は【主】に捧げるためにあったのだ。
しばらく呆然と瓦礫に埋もれたまま天井を見上げていた。
気が付けば夜を越え、朝になっていた。
ガランとした【鴉爪団】のアジトを出る。人っ子一人いない。
あたしはそのまま中央区へと行き、話しに聞いていた【黒の主】の屋敷へと行った。
「頼もーーーっ! あ、いたっ! 【黒の主】! あたしも奴隷にしてくれ!」
【黒の主】―――セイヤはかなり渋った様子だったが、あたしを奴隷にすると認めてくれた。
先達となるメイドたちが忠言したようだ。助かる。
これであたしは
「ツェン、メイドではなく侍女です」
「お、おう」
「返事は『はい』です」
「は……はい」
エメリーはおっかない。
何だろう、妙な迫力がある。
種族に囚われない強さってのは、ご主人様譲りなのか。
あたしの驚きの日々が始まる。
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