46:【鴉爪団】騒動のその後
■ジンウ
■42歳 迷宮組合本部 衛兵団長
「はぁっ? 【鴉爪団】が壊滅だと!?」
その一報を副長から受けた俺は、思わず席を立った。
【鴉爪団】と言えば南西区の獣帝国領を代表する闇組織。
実質、南西区の裏側を牛耳っているヤクザだ。
チンピラ、金貸し、賭博場、どいつもこいつも傘下だし、組合や区長側にまでその手は食い込んでいるとか噂されてる。
南西区の金が集中してると言っても過言じゃない。
俺らもいつ本格的に中央区進出をしてくるのかと気が気じゃなかった。
だからこそ警戒していたんだが……。
壊滅? 一体どういうことだ。
「南西区の衛兵団のとある隊長宛てに密書が届いたそうです。それを持って実際に調べたところ【鴉爪団】のアジトと思われる拠点はすでにもぬけの殻。人だけでなく溜めこんでいたと思われる金や備品、食料などもまとめて消えていたそうです」
「なんだそりゃ。引っ越しや物盗りじゃねえのか?」
「そのアジトのある裏通り、通称『鴉通り』の住民によれば、壊滅したと思われるその日の朝に……【黒の主】とメイドたちが乗り込んで来たと……」
「はぁ?」
なんでそこで【黒の主】が出て来る!
あいつら【鴉爪団】と敵対してたってのか?
いや、あいつらが【鴉爪団】に絡まれる要素は大いにある。
そこから敵対し、乗り込んだって線もあるのか……?
しかし壊滅させたとなりゃ相手は百人以上いるだろ。それもヤクザ連中だ。
乗り込んだって……正面から倒して回ったってのか? 死体も消して?
……いやいや、さすがにないだろ。
そりゃ【黒の主】が普通の
だが【鴉爪団】には用心棒の
そいつが来たせいで南西区のどの組織も【鴉爪団】に敵わなくなっちまったんだからな。
「その
……決定的じゃねえか!
なにやってんだよ!
壊滅させた上に、死体も物資も全部消して、用心棒も味方にしたってのか!
訳わかんねえよ、あいつら!
「はぁ……で、【黒の主】には俺たちから事情聴取しなきゃならんのか?」
「南西区から要請があればそうしますが……おそらくそれどころではないでしょう」
「どういう事だ? 南西区の連中だって調べたいだろう。【黒屋敷】が中央区に住んでいる以上、俺達に言ってくるのが筋じゃないか?」
「衛兵隊長に届けられた密書―――おそらく【黒の主】側が届けたと思われますが、そこには【鴉爪団】と裏取引のあった連中のリスト、不正の証拠が束になって入っていたそうです。そのリストには商業組合の幹部、衛兵団長、さらには区長の名前もあったそうです」
「んなっ!」
じゃあ何か?
南西区の主だった権力者や組織は全部【鴉爪団】と繋がりがあったと……。
それがここ、中央区まで漏れてる時点で異常な事態だ。
おそらく密書を受け取った衛兵隊長が一気に動いているんだろう。
【鴉爪団】の壊滅、不正証拠の入手、そこから悪人どもの確保。
広まる前に最速で動いているに違いない。だからこそ綻びが出て、こっちにまで知られているんだ。
となれば【黒の主】どうこうより、そいつらを押さえ、沈静化を図るのが最優先。
むしろ場合によっちゃ【黒の主】には言及するより感謝状が来てもおかしくはねえ。
「……じゃあ俺達が特に動くことはないか。むしろ【鴉爪団】を警戒する必要がなくなったか。いや、南西区が落ち着くまでは緩めるわけにもいかないか」
「はい。それと密書の中で幹部連中はほとんど消したと書いてあったらしいのですが、副頭領のロウイという
「【黒の主】に報復もあるか。いや、【鴉爪団】を壊滅させたのなら恐れる事もないんだろうが、回りくどいやり方をされると確かに厄介だな」
しかし密書に不正の証拠を入れるだけならともかく、「ほとんど倒したけど、一人逃したから気を付けてね」とか書くか普通。
せめて「倒した」とか書くなよ。自白じゃねえか。
まぁそれで【鴉爪団】がなくなり、不正の横行が減るんなら良いんだろうけどな。
今は慌ただしくても時間が経てば落ち着くのかもしれねえ。
南西区は今が正念場だろう。
しかし、【黒の主】と【黒屋敷】……。
俺もまだ見誤っていたという事だな。
まさかそこまでの戦力があるとは思わなかった。
おまけに例の
少なくともただのAランククランに正面から【鴉爪団】の壊滅など出来ないだろう。
願わくばその力を中央区に向けないで欲しいもんだ。
ただでさえ目立つのにやる事が派手だから困る。
あいつらには是非とも「常識」ってもんを学んで欲しい。
俺はそれを心から祈るばかりだ。
■イブキ
■19歳 セイヤの奴隷
「背筋を伸ばし顎を引く。胸を張りお尻を上げて下さい、そうです。両手をおへその少し下の位置で重ねて、右手を上です。その姿勢を保ちます」
「こ、これすごい窮屈なんだが」
「侍女としての基本姿勢です。普段からそれを意識して下さい。もちろん戦闘時もです」
「ひぃっ」
「返事は?」
「は、はいっ」
今、私の前ではエメリーによるツェンの侍女教育が行われている。
頭にショートソードを乗せ、落とさないように姿勢をキープする。
まぁ私やエメリーの時には皿を乗せていたが、ツェンの場合、角が邪魔だからしょうがあるまい。
姿勢を維持するのも、その状態で歩くのも非常に厳しい。
慣れるまでは相当意識しないとすぐに崩れる。
しかし慣れれば見目も良いばかりか、体幹が整えられ、戦闘時の動きも見違えるようになる。
これは我々が最初にご主人様の侍女となるにあたり、「侍女とはこうあるべきだ」と熱く語られたのが始まりだ。
メイドなら立ってるだけでも良いが、侍女ならば立ち姿そのものが侍女然としてなければならない。
ご主人様はそう仰い、感銘を受けたエメリーと共に私も姿勢を正すことから始まった。
今となっては懐かしい思い出だ。
ご主人様曰く、本来なら左手を上に重ねるらしいが「この世界には奴隷紋があるからな。見せびらかしたくない」との事で右手を上にしている。
これだけ美しい女神の紋章なのだから、私は別に見せても良いと思うのだが、ご主人様は嫌らしい。
ならば私は何も言うまい。
「さあ歩きましょう。剣は落とさないで、目はまっすぐ前を見て」
「おおお……よっ……ほっ……うわっ!」
「やり直しです。もう一度」
「ひぃ……は、はい」
しかし他人が見たら何事かと思うだろうな。
エメリーに侍女長としての自覚が強いのは言うまでもないが、ツェンが色々とダメすぎるので仕方ない。
奴隷となり侍女となった日、彼女にとって驚きの連続だったのは自然なことだ。誰でもそうなる。
屋敷の設備に驚き、ご主人様のお力に驚き、奴隷契約を結べばその奴隷紋に感動する。
誰もが通る道だ。
しかしご主人様の奴隷となり侍女となると誓ったにも関わらず、ご主人様にタメ口を利いたり、食事の席ではご主人様より先にしかもカトラリーも使わずに食べようとしたり、酒を要求したり、家事もせずに迷宮に行きたがったり、小遣いはいらないから酒を買ってくれと言い出したり……。
幼いティナの方がよほどしっかり侍女として仕えようとしている。
ツェンは最年長ながら、我がままに生きてきたのか、どうも子供っぽさが抜けない。
そこでご主人様にはツェンの<カスタム>をやめてもらった。
私とエメリーが教育するためだ。
これでツェンに<カスタム>を施せば、我がままを言い出した時、我々にも止められなくなってしまう。
本当に
しかし、どうやらそれにもデメリットがあるらしい。
最初にツェンを<カスタム>しようとしていたご主人様が仰っていた。
「レベルが高いのはもちろんなんだが、それ以上にステータスが異常に高い。これがツェンだけの事なのか、
という事らしい。
同じレベルだった場合、<カスタム>により私が10上昇できる余地があるとすれば、ツェンは5だとかそういう事らしい。
その代わりに素のステータスが異常に高いと。
種族差による<カスタム>上昇率の変化。
詳しい事はご主人様にも分かっていないようだが、だとすれば最弱種族である
<カスタム>を下賜したのが女神様なのだから、使徒であるご主人様に有利なようにスキルを調整したとも考えられる。
「やつに限ってそんな事ありえない。絶対に適当だって。CPの入手にしたって変動ありすぎだろ?」
ご主人様はそう仰るが、はたして……。
ともかく少ないながらもツェンが強化できるのは確か。
ただでさえ強いツェンがさらに強くなれば、心強いことだ。
「うわっ!」
「やり直しです」
「ひぃっ……はい……」
その前に侍女教育の方が先だがな。
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