1-9 〝祝福〟
「さて、と……残るは……」
体に刻まれた謎の鎖の刺青。
服の上から臍の辺りを摩る。
大分後回しにしてしまっていたが、漸く腰を据えて向き合うことができる。この自分の体に宿った新たな力と。
刺青は恐らく、与えられた祝福に関するものだ。
この世界を旅する上で必要となる自分だけの武器。
「でもなぁ……ちょっとばかし怖いんだよなぁ」
だが祝福の力と言っても、それは自分にとっては未知の物に過ぎず、簡単に受け入れられる物ではない。
端的に言えば、肉体を改造されたようなものであるし……。
「……ええい、ままよ」
うじうじと悩んでいても仕方がない。
気持ちを切り替え、勢いよく着ている修道服と肌着を脱ぎ捨て、半裸になる。
そして、聖火台に近付いて腹の刺青が良く見えるようにする。
ああ、やはりあの時の鎖にそっくりだ。
暫く眺めた後、刺青に手を添えて目を瞑り、意識を丹田の辺りに集中する。
思い浮かべるのはあの鎖。一度目は巨大な門で、二度目はこの世界に来る直前の宇宙空間で見た。
鎖を頭の中で鮮明に描いていく。
記憶の中にある、白銀に輝く大きな金属の輪を繋ぎ合わせた形を。
その瞬間、丹田と思われる場所に何かが生じた。
熱を持ったエネルギーの塊のような物が。
ああ、これか。これが俺の――。
――『来い』
念じたその瞬間、腰を囲むように銀色の光が発生した。
光は刺青の周囲を回転しながら、次第に収束していく。
そして、その銀色の光が実体を帯びていくと――。
鎖が腰に装着されて誕生した。
「マジか……」
それは白銀色に統一され、天秤の意匠が施されたバックルが付いた大きな鎖に小さな鎖が何本も渦巻いて絡まる造形のベルトだった。
天秤と大きい鎖の形は記憶の物と合致している。
素肌の上に展開されたが、金属特有の冷たさは感じない。
「でも、これじゃあ……服が着れないんだが」
服の上からも展開されるのだろうか、そう考えて試しに一度ベルトを消してみる。
――『戻れ』
念じた瞬間、ベルトは一瞬にして消失した。
同時に、体内にベルトの力が戻ってきた感覚を得る。
よし、今度は服を着た状態で試してみよう。
脱ぎ捨てた服を着用していき、再び意識を丹田に向ける。
「来い、ベルト」
命令すると同時に、光が溢れ出す。そして、光は一気に収束して――修道服の上にベルトが姿を現した。
出来た。融通が利かない物だったら困ったことになっていたが、これで服を着た状態からでも展開させる事が可能と分かった。
また、ベルトの展開速度が先程よりも圧倒的に早くなっていた。一秒程度しか掛かっていない。
恐らく初回は能力を覚醒させたが故の演出だったのだと思われるが。
さて、ベルトを出したのは良いが……。
ところで、これは一体何に使うんだ?
武器でもないし、防具でもない。流石に何らかの能力が秘められているとは思うのだが。
ええと、確かあの時……。
『異界の言語を理解する能力』
『獣を惹きつける魅力』
『汝の現在地を知る道具』
『旅の幇助となる鳥瞰の視点』
『極みへと至る、無限の可能性』
『時の流れに逆らう不老の身体』
『時空を超えし汝に相応しい武器』
『苦難の道を歩む汝に相応しい装身具』
『受難に耐え凌ぐ不屈の精神』
『何人も侵すことのできない独立不羈の領域』
『鋼の如く強き肉体』
『運否天賦を否定する汝に相応しい法則』
これらの十二の祝福と最後に箱の形をした神遺物を授けられた。
その内、神遺物の箱型のケースを除けば、アイテムと思われる祝福はこの三つ。
『汝の現在地を知る道具』
『時空を超えし汝に相応しい武器』
『苦難の道を歩む汝に相応しい装身具』
そして、あの宇宙空間で祝福が物質化していたのは鎖と金属の板に、懐中時計の三つ。
鎖のベルトが装身具だとすると……、金属板が道具で懐中時計が武器?
いや、逆か? だが、その場合もどうもしっくりこない。
もしかして、前提が間違っていてベルトが武器の可能性もあるのか?
いや、それだと装身具に見合うのは精々懐中時計か。
それも何だか違う気もするし……。
「まぁ、とりあえず出してみよう」
鎖のベルトが展開されたのだから、念じれば他のアイテムも召喚されるはず。
――『来い、石板と懐中時計』
そう心の中で語り掛けると、ベルトのバックルから二つの光が放出された。
光は左右に分かれて、ベルトの左腰と右腰に其々張り付き、一瞬にして物質に変化した。
左に金属板、右に懐中時計へと。
予想通り、アイテムを召喚できた事に安堵する。
序でに箱型のケースも念じたところ、これも同様に右腰の懐中時計の横に召喚された。
「良し。一先ず、アイテムを確認するとしよう」
気掛かりなのは、張り付いているアイテムがちゃんと取り外せるのかどうかだが……。
とりあえず、懐中時計を取り外してみると――僅かな抵抗を感じたが無事取り外すことに成功する。
そして観察の為に顔の近くに持っていくと、懐中時計に半透明な小さいチェーンが付いているのに気付く。
これは……。
チェーンはベルトの懐中時計がセットされていた位置と繋がっている。
試しにチェーンに触れようと手を伸ばすが、手はチェーンをすり抜けてしまった。
「うーん……?」
状態から察するに、懐中時計とベルトは物質としての鎖で繋がっているのではなく、特殊な力で繋がっているという事、か?
それに懐中時計を取り外した時の一連の動作にチェーンが全く干渉しなかった事を鑑みると……、このチェーンは懐中時計を用いた動作に一切邪魔とならないという事だ。
「だから、こうして……」
祭壇に懐中時計を置いて、一歩下がる。
時計は祭壇から落ちない。
更に一歩、また一歩と下がっていく。
だが、ベルトのチェーンと繋がった懐中時計が祭壇から下に落ちる事はない。
そして更に下がり、時計との距離を取って玄関の扉近くまで離れても、時計は微動だにしていない。
聖火台の明かりが照らす中、揺れる炎に従って伸長した半透明のそれが露わになる。
チェーンは、空中でベルトと時計に繋がっていた。
「やはり、伸びるのか」
続けてこれも試す。
――『戻れ』
そう念じると、チェーンは即座にベルトへと収納されていき、懐中時計は元の位置に戻ってきた。
「まるで掃除機だな」
だが、これでチェーンの秘密を解き明かすことができた。
今の所、何かに役立つというわけではないが便利な事は事実だ。
「さて、と。本格的に調べよう」
祭壇に戻り、ベルトに繋がった懐中時計を手に取って明かりの下で確認する。
色は鎖同様白銀で、上蓋の付いたハンターケースと呼ばれるタイプの物。
上蓋には、様々な武器が天秤を囲んでいる模様が描かれている。
「武器……? もしかして、これが武器なのか?」
蓋を開けると、Ⅰ〜Ⅻの文字が円周に刻まれており、中心には長針と短針が存在する風防の付いたシンプルなアナログ時計が現れる。
また、左下のスペースには小さな方位磁針のようなものも付属しており、時刻は丁度十二時となっていた。
「どうみても、ただの時計にしか見えないが……」
動力は機械式だろうか。
そう考えて龍頭を弄るが、ゼンマイ機能は付いていない。
じゃあ鍵巻きか、と背面を見るものの鍵穴は無かった。
機械式でないなら、クォーツ式なのか?
そうだとすると動力源は何だろうか。
異世界だからシンプルに魔力とか?
少なくとも電池では無いと思うのだが。
色々と調べてみるが、この時計の使い方はさっぱり分からない。
一先ずこの時計は横に置いて、別のアイテムを調べる事にする。
武器ならば兎も角、ただの時計であるならば、時間に追われていない今はあまり重要ではない。明かりの無いこの世界に時計を求めてもどうしようもないだろう。
時計をベルトに戻して、次は箱型のケースを調べる。
取り出すと、これにも半透明のチェーンが繋がっていた。
そしてケースを確認すると、一見それはカードゲームのデッキケースによく似ていた。
上部の蓋がケースの中央に貼り付いて閉じられている。
色はこちらも白銀で、金属製の物と見受けられた。
中身を確認する為蓋を外すと、少しの抵抗があるが無事開封する事が出来た。
マグネットかは分からないが似た様な力が働いたのかもしれない。
そして、ケースの中を確認すると――そこには、十二枚の石板が納められていた。
それはあの神殿で見た十二枚の石板と良く似ており、サイズを縮小した物と言われても疑うことはないだろう。
だが、それには何も描かれていなかった。
文字も絵も何一つ無く、空っぽの状態だ。
神遺物と言っていたからには、余程の能力が秘められているとは思うのだが……今はただの石の板にしか思えない。
これも一旦放置だな、と嘆息を漏らしながらケースに仕舞い、ベルトに戻した。
続いて、左腰に装着された金属板を手に取った。
見た感じはただの白銀色の金属で出来た板だ。
中央に天秤の模様が刻まれており、飾りは何一つ付いていない。
裏返して確認すると、縁の部分が枠の様に盛り上がっている事に気付く。
ん……?
どうしたことか、既視感を覚える。
何処かで見たような……いや、使った事があるような……?
判然としない状況で、試しに枠の内側を触れてみると――金属板の表面から光が放たれた。
「――眩し……っ!?」
咄嗟に目を瞑る。
指先から、何かを吸われている感覚が生じた。
そして次第に光は収まっていき、目を開けるとそこには――。
――『〝ヒイロ・テンドウの生体情報を確認〟』
――『〝起動開始〟』
と、未知の言語で表示されていた。
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