1-8 〝斜陽〟

礼拝堂に足を踏み入れると、背後が暗くなったのを感じた。

 気になって振り返ると、壁に掛けられた四つの炎は消えていて、その代わり消失していた壁が元通りになっていた。

 呆気に取られて壁をぺたぺたと触るが、その感触は本物の壁そのものであった。


 凄い……ちゃんと元通りになっている。


 魔法の原理なぞ全くもって分からないが、物質を消したり出したりするのは科学技術でも不可能な現象だ。

 素直に感動してしまう。


 壁を観察し終えて、長椅子に荷物を置いて座る。


 とりあえず、これでこの教会の探索は終了かな。

 欲しかった服や、カンテラも入手できたし。


 燭台を隣に置いて灯りにし、バッグから日記を取り出して続きを読むことにする。

 この世界を知る貴重な情報源だ。取りこぼしがないよう注意深く読まなければならない。


 前回の続きから読み進める。

 知りたいのは、此処がどうして真っ暗なのかということ。

 そしてそれが何処までの範囲なのか、だ。

 地域か、国か、将又世界までもか。

 隅々まで日記に目を走らせる。

 だが……いくら読み進めても肝心の部分は見当たらない。ありふれた日常を淡々とこなし、時折悩みや愚痴等が現れるのが関の山。この光の無い世界について言及している箇所は未だ確認出来ていない。

 まさかこれがこの世界にとっての普通なのか、と胸中に不安が広がる中――漸くそれらしき文章を発見した。



 ****


 九月十日


 今日、先輩のゴッソ司祭と軍の方々が当教会を訪れた。

 なんでも、隣国のバルド王国が最近キナくさいらしく、近々軍事侵攻が行われる可能性があるかもしれないとのこと。

 それを聞いた時の私は恐らく顔を顰めていたに違いない。

 まただ。

 またバルドの連中だ、と。

 前回の戦争から十五年の月日が経った。

 その間も虎視眈々とこの肥沃な大地を狙っていたのだろう。

 懲りない奴等め。

 これで一体何度目の事か。

 だが、大丈夫。我々にはソルディオス様の御加護が付いている。

 これまで同様、我が国が誇る精鋭達が返り討ちにしてくれよう。


 また、ゴッソ司祭から非常事態時には村民を当教会で保護するように、とお達しを受けた。

 私はその際、備蓄食糧が多少不安だと伝えたところ、出来る限り融通を図ると御言葉を得ることが出来た。

 ……まぁ、敵軍がこんな辺鄙な村を襲うとは到底思えないのだが、一応備えはしておかなければいけないのだ。


 その後軍人の方々はお帰りになられたが、司祭とは久しぶりに食事を共にすることに。

 そして、何と結婚したらしい!

 目出度いことだ!

 今は寄宿舎を出て、本部の近くに家を借りたとのこと。

 本当に羨ましい限りだ。

 そう伝えたところ、お前にもいつか相手が見つかるさ、と慰めの言葉をいただいた。

 何処にそんな相手がいるのか、余計な御世話である。

 それにしても、幸せそうで何よりだった。


 ****



「戦争……これか?」


 だが、勝ったにしろ負けたにしろ、人が誰もいないというのはどういう事だ……?

 急ぎ、次の日付に目を向ける。



 ****


 九月二十五日


 とうとう戦争が始まってしまった。

 国境の東の空が紅く染まり、衝撃音がこの村まで届いた。

 村民は不安がっていたが、何とか落ち着かせて仕事に戻ってもらった。

 大丈夫だ。この村に影響は起きない。

 万が一、この村にバルド兵が侵攻してきても、教会には手を出さない筈だ。

 そんな事をすれば、神々が黙ってはいない。

 必ずや裁きをお下しになる。


 それよりも問題は村の悪ガキ達だ。

 戦争に行って、バルド兵を皆殺しにすると勇んで、騒いでいる。

 困った物だ。昔の私よりも酷い。

 親御さん達が私を頼ってくるが、どうしろと言うのか。

 はぁ……。とりあえず、会って話をしないと。


 九月二十八日


 戦争が始まって三日が過ぎた。

 未だ大規模な戦闘音が東から聞こえてくる。

 劣勢なのか優勢なのか分からない。

 きっと、大丈夫。

 そんな楽観とした感情も最近は鳴りを潜めてしまい、私は時折心ここに在らずの状態になってしまっている。

 シスターの中には、毎晩御勤めの後、聖火台に向かって祈りを捧げている者もいる。

 村の人達も、徴兵されるのではないかと不安げな様子だ。

 駄目だ。このままではいけない。

 私は司祭として、毅然とした態度で彼らと接せねばならないのだ。


 十二月一日


 遂に、戦勝の報が届いた!!

 村民達も、シスターも皆大喜びだ!!

 私も思わず「よし!!」と叫んで、拳を突き上げてしまった。

 それを見ていた皆んなに笑われて恥ずかしかったが、どれも良い笑顔だった。

 その後は、記念として酒と蓄えた食料を皆に配った。

 皆酔っ払って大騒ぎだ。

 私も久しぶりに一杯だけ頂いた。

 美味しかった。そして、何より幸せだった。

 これも全て、太陽神ソルディオス様のおかげに違いない。

 

 十二月十三日


 嗚呼神よ、これは一体どうした事でございましょうか!?

 突然空は闇に覆われ、貴方様の光を浴びる事が出来なくなってしまった!!

 恐ろしい、何と恐ろしいことか!!

 幸いなのは、聖火台の炎が消えていない事だけでございましょうか。

 今ではこの炎だけがソルディオス様の存在を感じる事ができます。

 ですが、皆、家の竈の前で震えております。

 中には、体調の優れない者も現れました。

 私の治癒魔法が全く効きません。

 私は、一体、どうすれば良いのか。


 村民達の話では、突然真っ黒な巨大な魔法が東の空を覆ったそうです。

 そして、それを防ぐ為に国全域に展開される防護結界が発動し魔法を防いだ、と。……ですが、その直後結界を覆う様に闇が侵食していき、一瞬の内に空は闇へと変わってしまった、と怯えながら申してくれました。

 

 私はそれを聞いた時、戦慄を覚えました。

 この様な恐ろしい効果を齎す魔法がこの世に存在していていいのかと。

 そして、何故バルド王国はそれを用いたのか、私には見当もつきません。

 私たちの神を御隠しになる為でしょうか?

 きっと、彼らは悪魔に魂を売ったのでしょう。でないと、この様な魔法を軽々と使えるわけが無い!!


 ああ、また患者が一人運ばれてきました。

 今度の患者は恐怖からか少し狂乱気味の様子です。

 出来る限りのことをしなければ。

 嗚呼神よ、私たちを御救いください。


 ****

 


「………」


 これ以降、続きは書かれていなかった。

 書けなかったのか、書かなかったのか。

 それは、わからない。


 日記を閉じて傍に置き、半ば放心した状態から一つ一つ情報を整理していく。

 戦争、理由、巨大魔法、太陽を遮る広大な闇。

 未だ不鮮明な事ばかりだが、これで漸くこの暗闇がこの国限定のものだという事は分かった。

 敵国にも何か誤算があったのだろう。侵略戦争を仕掛けておいて、この国の統治を何一つ行なっていないのだから。

 そして、それは恐らく上空に広がる闇が影響しているに違いない。

 敵にもコントロールが出来ない魔法の力。

 過ぎた力がこの国を破滅に追いやった。

 そこにどんな力が込められているのかは未だ謎だが、一つだけ分かったことがある。

 人に良く似た化物。そして、未だ会う事のない生きた人間の姿。

 それは恐らく、あの化物達の正体が……。


 だが、構わない。

 襲ってくるなら殺すまでだ。

 もう、下手は打たない。

 この先に何が待っているかは現時点では見当も付かないが、必ず紐解いて見せる。

 生きる為に。

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