1-7 〝地下室にて〟

今の現象は魔法の一種なのだろうか。

 壁が炎に包まれ、それが消え去ると今度は壁が無くなってしまい、長方形にくり抜かれた壁の中には、地下へと続く階段が存在していた。


 まさか、こんな大掛かりの仕掛けが現れるとは。

 てっきり、何処かの隠し扉が開く程度だと思っていたのだが。


「まぁ、開いてしまったものは仕方ない」


 しっかり調べさせてもらおう――そう考え、地下に降りる準備をする。

 長椅子に置いたナップサックに荷物を詰め、近くの台から燭台を新たに拝借し、火を灯して階段を降りていく。

 地下に近づくにつれ、空気は乾燥していき、肌寒さが増していく。

 同時に酒の匂いもまた、下から通ってきた。

 そして、二十段ほど階段を降りていくと、其処には十畳程度の空間が広がっていた。


「これは……ワインセラーか?」


 灯りを翳してみると、地下室の大部分には洋樽が所狭しと並べられていた。

 そして、先程から地下室に漂うこの香りは恐らくワインだろう。


「成程……。此処で酒盛りをして、部屋に帰ろうとした時に司祭に見つかったのか」


 ワイン樽に近付き、樽を揺らして中身が入っているかどうか確認してみると、液体が中で動いた感触を得る。         

 どうやらワインは大量にあるようだ。


「ところで……これは飲めるのか?」


 そう、問題はそこだ。

 折角見つけたのは良いが、飲めないのなら意味がない。

 以前、ワインには賞味期限と言ったものは存在しないと何かの本で読んだ覚えがある。

 だが、此処は異世界。それに、いつ頃製造されたのかも不明だ。

 

「うーん…………。でも、まぁ、飲むだけ飲んでみよう」


 不味過ぎて飲めたものじゃなければ吐き出せば良いし。

 そう考えて、樽からワインを取り出そうと行動する。

 空になった樽からコック(注ぎ口)を取り外し、未開栓の樽の鏡板に取り付ける。

 そして、樽を横に倒して準備完了。

 バッグから取り出したスキットルをコップ代わりにコックの下に構えて、レバーを捻り――吐水口から黒みがかった赤い液体が流れ出した。

 飲み口から容器に入れていき、内部がワインで満たされていく。そして、溢れ出すと同時にレバーを閉めた。


 匂いを嗅いでみる。

 口元に近づけたスキットルからは芳しい香りが広がり、特に気になる点は無かった。

 恐らく、腐ってはいない筈だ。

 覚悟を決め、飲み口に口をつける。


「いざ――」

 

 そして、勢いよく傾けたスキットルからワインが口内へ流れ出す。


「…………っ!?」

 

 な、なんだこのワイン……っ……。こんなの飲んだ事がない……っ。


 それは非常に滑らかな口当たりで、口の中に濃厚な味わいが広がっていき、ワインの芳醇な香りが感じられるものであった。

 淀みなくスーッと喉を通っていく。


「…………美味い」


 ワインはこんなにも美味い酒だったのかと驚愕する。

 日本にいた頃は酒が美味しいと思った事がなかった為、飲酒はあまり嗜まなかったが……これは美味い。

 この世界に来て体質が変わってしまったのかと疑うほどだ。

 そして、もう一口。さらにもう一口と飲んでいき――俺はスキットルの中のワインを飲み干していくのであった。



「駄目だ……飲み過ぎた」


 長時間ぶりの水分に、思わず歯止めが効かなくなってしまった。

 ワイン樽を空にしてしまうほどの勢いで消費していったが、気付けば腹はワインでタプタプの状態。

 もうこれ以上は飲めそうにない。

 そろそろこの場を後にしようか――そう考え、序でに旅路の水分としてワインを持っていこうと、コップ代わりにしたスキットルにワインを詰め、さらにもう一つのスキットルも同様にしてバッグに仕舞った。

 これで、旅路の水分は確保できた。大切に飲んでいけば、暫くは体が持つだろう。


 もう此処には用はない。戻って日記の続きを読もう。

 踵を返して、礼拝堂に戻ろうと階段に向かう。

 しかしその途中、階段の近くの壁に小さな空洞があるのを発見する。


「――あっ!」


 その中には燭台が幾つか置かれていたのだが、一つだけ形の異なる物体が存在した。


 金属とガラスでできた照明器具――カンテラであった。

 年季の入ったそれは、円筒形の構造で天辺の膨らみにはリングが付属し携帯が可能となっていて、灯りとなる中心部分には正六角柱にガラスが並び、辺の部分が金属で補強されていた。


「こんな所に…………。でも、これ……どうやって使えば良いんだ?」

 

 ガラスの中には丸い小石が中央に設置されているだけで、点火する紐のような芯は見当たらない。

 また、ガラスが扉のように開く構造にはなっておらず、点火の仕方が全く分からなかった。

 あちこち触ったり弄ったりしてみるのだが……特に反応は見られない。


 これは、どうしたものか……。


 これはもう諦めるかしかないかと、投げやりに調べていると、カンテラの底の中央に小さな窪みがあるのに気付く。そして、窪みの中に小さな文字で何かが刻まれていた。


「……起動?」


 瞬時に翻訳され、文字を読むことが出来たが……もしかしてスイッチなのか?

 試しに、人差し指を窪みに入れてみると――何かが身体から吸い取られた。


「――んな……っ……!?」

 

 直後、軽い脱力感が身体を襲う。

 身体から一瞬にして力が抜け、倒れそうになるのを踏ん張って耐える。そして、さらに若干の嘔吐を催した。


 何だコレは……っ。体力か何かかは分からないが、確実に何かを奪われた。


 片手に持つカンテラを訝しげに観察する。

 すると、天辺のリングが掛けられた膨らみの部分にマークのようなものが新たに光って浮かんでいた。

 それは、正に炎を模していて、揺れ動く様を表現したものであった。

 

 恐る恐るその炎のマークに触れると――カンテラから明かりが発せられた。


「つ……ついた?」


 中央に置かれた小石が赤く発光している。

 光量は周囲を照らすのには十分なくらいで、眩しさを感じない優しい光であった。


 再びマークを触ると今度は明かりが消え、さらに再度触るとちゃんと明かりがついた。

 どうやら、炎のマークが灯りのオンオフのスイッチになっているようだ。


「もしかして、俺のエネルギーか何かで動いてる?」


 そう判断しても可笑しくはない。

 燃料も構造も不明。判明しているのは、自分から吸い取った何かで起動しているということ。

 この世界特有の技術で作られた物であることは確実だ。

 そう、例えば――魔道具。


「ってことは、さっき吸い取られたのは……魔力?」


 いや、まだそれは分からない。

 だが……、生命力と言ったものよりかは遥かにマシだろう。


「でも、これで探していた念願の照明が手に入った」

 

 明かりを消したカンテラを脇に抱え、燭台を片手に階段に向かう。

 目的の物が手に入ったし、礼拝堂に戻って日記の続きを読むとしよう。

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