1-6 〝探索〟

礼拝堂に入ると、安心感か疲労の所為か分からないが気が抜けた。

 やはり、明かりが無いと駄目だな人は。


 真ん中の通路を通り、聖火台へと近づく。


「此処からあの鳥が……」


 だが、聖火台の正面に立っても特に何も反応は無かった。

 もう此処での用はないのか、それとも現れるのに条件があるのか。

 

「まぁ、現れても礼を伝えることしか出来ないか」


 それに、もう一度何処か別の場所で会えるような気もしないでもないのだ。


「……さてと、先ずは――」


 着る物を探すとしよう。ついでに武器か何かも探そう。有れば心強いし。


 そう考えて、自分の服装を確認するが……、これは酷い。

 パーカーもTシャツもボロボロ。辛うじて、ジーンズはまだ原型を保っているが、所々破けている。唯一の救いは幸いにもスニーカーが無事だったことだけ。

 スマホもバッテリー切れでライトが消え見当たらず。

 まぁ、煙草と百円ライターは何故か無事だったが。


 溜め息を吐きながら、祭壇の側の台から新たな燭台を入手して教会の探索を開始する。


 廊下を進むと、俺が眠っていた部屋に辿り着いた。扉を開けて中に入る。

 部屋の中にはこぢんまりとした机と椅子、ベッドとクローゼットらしき両開きの棚が置かれていた。

 一先ずクローゼットらしき棚を開ける。

 すると、中には男性用修道服が三着に肌着が五着、他に男性用下着や靴下が複数枚入っていた。


「お、幸先良いな」


 燭台を机に置き、早速ぼろぼろのパーカーとTシャツをベッドに脱ぎ捨て、クローゼットから肌着を取り出す。

 草臥れたそれを着るのには若干の抵抗を感じたが、我慢して袖を通す。丈は伸びてしまっていて長さは足りているが、襟や裾はよれよれだ。


「あれ……?」


 何だこの痣……。


 燭台の明かりに照らされて、下腹部の臍の下の辺りに黒い痣のようなものが締め付けられたかのように腹を一周して残っている。

 この痣だけ治らなかったのかと、そう思い燭台に近付いて確認してみる。


「これは……鎖の、刺青か?」


 下腹部に残っていた痣、実際はそれは痣では無く鎖を模した刺青であった。

 まるで、腰にベルトを巻いたかのように刺青が覆っていた。


 いつの間にこんなものが……。最初この世界に来た時は無かった筈だ。

 もしかして、さっき記憶が戻ったのがきっかけか?

 それにこの鎖、あのオブジェの門で使われていた物と似ている。

 だとすると、これは……俺に施された祝福の力の一部なのか?


「…………とりあえず、先に着替えるか」


 謎の刺青について思案を重ねるが、暗く狭い部屋の中で考えるものではないと判断して、一先ず服を着て探索を続行することに。


 肌着の上にもう一枚肌着を重ね、そしてジーンズを履いたまま上下一体型の修道服を身に着けた。


「……これは、完全にコスプレだなぁ」

 

 まぁ、贅沢は言わない。とりあえずはこれで服が揃ったし。

 若干肌寒さは残っているが、移動していれば体は温まる筈だ。

 次いでに机の上の本も持っていく。

 此処は暗いから、後で確認してみるつもりだ。読めるかどうかも含めて。

 そう考えて、本を一冊机から持ち去り部屋を出る。



 次の部屋に向かい、通路を挟んで別の部屋へ入る。


「……ここも似たような感じか」


 ベッドが四台所狭しに並び、クローゼットが二つ存在していた。

 特に気になる点も無く、クローゼットへ近づき中を確認するが――。


 うん……? 形が違う? ……これは女性用か? ――って、下着もあんじゃん。


 咄嗟に扉を閉める。

 いや、まぁそこまで気にしなくても良いと思うんだが一応ね?

 

 少々気が動転したが、特に目ぼしいものはないと判断して次の部屋へ向かうが、隣の部屋も先程と同じでベッドの数が多かった。

 恐らくシスター達の寝室だろうと判断し、パス。

 残りの部屋も確認していくが特に何かが見つかる事もなく、廊下の先へ進むことにした。


 灯りを頼りに通路を進んでいくと食堂と思しき場所に辿り着く。

 中に入ると、其処には四人がけの食卓テーブルが等間隔に四台並び、部屋の側面には質素な炊事場が設置されていた。

 一先ず刃物を探してみようと、炊事場を調べてみる――が、何れも錆びていて使い物にはならなさそうな物ばかりであった。


「…………そう言えば俺って、この世界に来てから飲まず食わず何だよな……」


 空腹、とまでは言わない。

 だが、多少は喉が渇いているし、腹に何か入れたい気持ちもある。

 しかし、不思議なことに飲食物は何処にも見当たらなかった。


「まぁ、恐らく腐っているから別に良いんだが……」


 いつから此処が廃れたのか分かりはしないが、食べ物があったとしてもそれは口にすべきではないだろう。

 他に何か目ぼしい物も無かったので食堂を後にし、廊下の続きを進んでいく。


 その後も幾つかの部屋を発見し、中を物色してみたが殆どは修道服や下着等の衣服ばかりであった。

 ただ、その中には幾つか使える物も存在し、勝手に拝借した。

 巾着の形をしたワンショルダータイプのナップサックに、空になった金属製のスキットルを二つ。

 スキットルに関しては机の引き出しの中に隠されていた為、こっそり飲酒していたものと思われる。



「あれ……?」


 廊下を分岐もなくそのまま進んでいると前方に青い光が照らされていた。

 そして、廊下を渡りきると再び礼拝堂へと辿り着いた。


「そうか、一周していたのか」


 どうやら、廊下は礼拝堂の左右の通路と繋がっていたようだ。

 建物の形としては凸型に近いと思われる。


 長椅子に近づき、入手した荷物を其処に並べていく。

 バッグにスキットル、そして一冊の本。


「他に必要な物は……」


 灯り。それしかないだろう。

 祭壇に近づき、付近の台に置かれた燭台を物色していく。

 欲しいのは、戦闘や逃走に耐えられるような照明器具だ。

 今も使用する、蝋燭が剥き出しで片手が塞がってしまう様な燭台は持って行けない。

 しかし――台の上や棚となっている場所を探してもそれらしき物は見当たらなかった。

 

「無い、か……」


 困ったな。この燭台では、行動が制限されてしまう。

 一層の事、松明でも作るか?

 あー、でも油がない。無理だ。

 八方塞がりの状況だが、どうしたものか……。


 長椅子に腰掛けて、解決策を考えるも一向に良い案は浮かばない。

 そんな中、ふと手慰みに拝借した本を手に取ってみた。

 後で確認しようと思い、部屋から持ってきた物だ。

 祝福で言語理解の力が与えられたはずだが、果たして本当に読めるのだろうか。

 ざっと眺めてみるも、タイトルは無し。

 牛革表紙の何処にも書かれていない。

 恐らく日記か何かだ。

 

「まぁ、試しに読むか……」


 手持ち無沙汰な自分には丁度いい。

 燭台を傍に置いて照明とし、頁を捲ってみた。



 ****


 九月一日


 初めて日記という物を書いてみた。


 ****



 其処には見覚えのない文字の羅列が記されていた。

 あの巨大な扉に刻まれていたモノとも違う、別の文字を用いた言葉。

 それは主に筆記体で書かれており、ブロック体らしき文字も散見され、その中には幾つかアルファベットに似た文字も含まれていた。

 しかし――。


「――読めた?」


 見たことも学んだことも一度たりとてない。

 それなのに、何故か知識として知っている。

 文章だけでなく、単語の意味や発音も全て。

 どういう仕組みかは全く分からないが、まるで昔からこの世界の住人だったかのように自然と理解できている。

 恐らく、これが祝福の力なのだろう。あの宇宙空間によく似た場所で自分の体に何らかの機能が加えられたのだ。

 本は予想通り日記調の文章で、修道士の誰かが書いた物と見受けられた。

 衝撃は依然として残っているが、一先ず続きを読み進める。



 ****


 九月一日


 初めて日記という物を書いてみた。

 主にその日起きた出来事をまとめ、後日再確認し、今後に活かそうと考えている。(まぁ、備忘録程度の物となると思われるが)

 三一歳にして、日記を書いたのには理由がある。

 それは、私が今日からこの教会の司祭となったからだ。

 先日前任の司祭様が高齢の為お亡くなりになられ、突如後任として私が指名された。

 今でも不安はある。

 私に務まるだろうかという。

 先日まで、教会本部の事務を担っていた私には少し、いやかなり荷が重い。

 恐らく、私がこの地域出身であった事が大きいのだろうが。

 生まれた村もすぐ側だ。実家を訪ねた際には、母からは喜ばれたが、私は複雑な気持ちだった。

 当然だ。私はまだ30代。

 まだまだ、神殿のある教会本部で御勤めを果たしたかった。

 いや、勿論この教会での御勤めの重要性を理解していないわけでは無いし、軽視しているわけでも無いのだ。

 ただ……そう、ただもう少しだけ、太陽神ソルディオス様の聖炎をこの肌で感じたかったのだ。


 それにしても、此処は暇だ。

 朝の御祈りの時刻には村の信徒達も礼拝堂に訪れるが、ただそれだけで、私を頼ろうとする信徒は皆無だ。

 どれだけ敬虔な信徒の老人でも、昼頃には帰ってしまう。

 折角、教会本部で十年以上学んだというのに。


 さて、そろそろ戻ろう。シスター・ゾルアが喧しいからな。

 私が昔のままの悪ガキだと思っている。困った事だ。

 これでも、多少は思慮深い人間に成長したと思っているのだが……。


 ****



 やはり、これは日記のようだ。

 新たにここに赴任した新人司祭の。


 しかし、読んでいて気になるのは一体何故こんな世界になってしまったのかという事だ。

 朝、昼の記述がある事と、さらに太陽神の名前がある事からこの世界が最初からこんな世界だった訳では無いということは分かったのだが。

 また、聖炎の記述も気になった。

 もしかすると、あの聖火台の炎も太陽神の聖炎なのだろうか。

 そうだとすると、あの鳥は……。


 とりあえず、続きを読んでみよう。



 ****


 十月三日


 前回から大分日が経ってしまった。

 当初は毎日でも書くと思っていたのだが、いかんせん書くことが何も浮かばなかった。

 その日起きた出来事と言っても、基本は同じ事の繰り返しだ。そう毎日毎日事件が起きる物でも無いし。


 ただ、今日の出来事は面白かった。

 昨日夜中に厠に行ったところ、礼拝堂の方から物音がし、気になって確認すると修道士二人がコソコソと何かをしているのが気配で分かった。

 私はその時咄嗟に誰何し、礼拝堂の中に立ち入ったのだが残念ながらその二人には逃げられてしまった。

 しかし、二人がいた祭壇付近に近付くと其処には微かに酒の匂いが残っていた。

 当教会では飲酒は食堂の夕食の席でのみと決まっており、これは明確に規律違反であった。


 そして今日の朝、私は食堂の場で一人一人挨拶を交わしていき、酒精が残っている者を観察したのだ。

 その結果、デュバル、コリンという名の若い修道士の男二人が疑わしいと判断し、朝食後私の部屋を訪ねるように告げた。

 そして、訪ねてきた二人に昨日の事を問い詰めたところ、素直に白状し全てを洗いざらい説明してくれたのだった。

 私は驚いた。

 まさか、善良な前司祭がその様なことをしていたとは、と。

 詳しくは彼の名誉の為ここには記さないが、もしかすると忘れてしまうかもしれない故、ヒントを残しておく事にする。


 「四つの炎」「聖火台」「中心にて太陽を告げる」


 それにしても、困った事になった。

 一体、どう処分したものか……。


 ****



「もしかして――」


 酒が隠されている? この礼拝堂の何処かに?

 日記には祭壇の辺りに酒の匂いが残り、男二人は逃げたと記述されていた。

 飲酒が食堂以外では禁止されていたとしても、態々こんな所で飲む必要は無いだろう。

 つまりそれは、この場所でないといけない理由がある筈だ。


 祭壇に近づき、辺りを調べるが不審な物は見当たらない。

 本を開き、今一度ヒントを確認する。


「四つの炎に聖火台、中心にて太陽を告げる……」


 聖火台はそのままの意味であろう。

 問題は「四つの炎」と「中心にて太陽を告げる」の二つだ。

 祭壇の周辺を具に調べる。すると――。


「壁に、燭台……」


 祭壇の後ろには僅かな空間を挟んで壁が存在しており、その壁には間を空けて並ぶ二つの燭台が立て掛けられていた。


「もしかして、これか……?」


 だが、あと二つ足りない。

 残りの二つを探そうと具に壁を調べていくと、壁と床の接する角の部分に穴が二つ空いていた。

 それは正に蝋燭が入れられるくらいの大きさで、直ぐさま燭台の炎を二つの燭台の蝋燭に移して点火する。

 そして、手に持つ燭台から火のついた蝋燭を二本取り外し、二つの穴に其々入れた。

 これで残るは、「中心にて太陽を告げる」の部分だが、これは恐らく四つの炎と聖火台を結んだ中心を指しているのではないだろうか。

 そう判断して、祭壇と壁の間の中心付近に立ち、壁に灯された四つの炎を眺める。

 それは、丁度長方形の頂点に四つの炎が位置する形であった。

 さて、後は告げるだけだ。

 太陽の名を。


「――ソルディオス」



 その瞬間――四つの炎と聖炎が線で結ばれる。

 そして、聖火台から聖炎が線を伝って流れていき、四つの炎は聖炎へと変化した。

 さらにそれらは正面の壁にも伝播し、長方形に蒼く燃え上がる壁を作り上げる。


 それは次第に収まっていき、炎が消えると――壁の中に地下へと繋がる階段が現れた。

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