1-5 〝覚醒〟

頭の中で流れた映像。


 ――荘厳で巨大な門扉。


 ――煌々とした星に包まれた神殿。


 ――精巧で巨大な天秤。


 ――十二枚の石板。


 これは――俺の記憶だ。


 嗚呼、そうか。そうだ。そうだったんだ。


 全部俺が選んだんだ。


 だったら、生きよう。


 生きて生きて生き抜いて、楽しんでやろう。


 この馬鹿げた世界を。


 いつか訪れる絶望の日まで。


 それまでは――。




∞∞∞†∞∞∞†∞∞∞†∞∞∞†∞∞∞†∞∞∞†∞∞∞




 暖かい……。これは、何だろう……。


 お日様のような温もりが、身体に染み渡っていく。

 指先から心臓に至るまで、余す所なく全てに。


 嗚呼……眩しい。光だ……。光を感じる……っ。


 身体が覚醒していく。失われた五感が甦ってくる。


 血の匂いと血の味、全身に広がる痛みに何かが燃える音。

 そして、目を開くと――。



 蒼炎を纏う白い鳥が上空に羽ばたいていた。


「火の鳥……?」


 起き上がると、身体が青色の巨大な繭みたいな光に包まれていることに気付く。


 これは一体……。


 衣服は無惨にも引きちぎられボロボロになっているが、食い千切られた箇所は既に元通りになっており、残る痛みもまた緩やかに引いていっている。


 ――そうだ、化物は……っ!?


 咄嗟に思い出し、周囲に視線を遣る。

 すると、遠く離れた場所で何かが必死で蠢いていた。


 いや、あれは……もしかして逃げ惑っている?


 だが、其処に――神々しい蒼炎の塊が降り注ぐ。


 そして、それは地上に衝突し――。



 ――光が弾けた。


 直後、爆発音と衝撃の余波が身体に降り掛かる。


 咄嗟に目を閉じて、衝撃に耐える。

 熱と風が全身を激しく撫でていく。

 そして――。


 衝撃が収まり目を開けると――其処には何も居なかった。


 無数の焼き焦げた襤褸切れ以外には。


「………………っ……」


 呆然とそれを眺めていると――。


 蒼い火の鳥が目の前に舞い降りた。

 

「な……っ……何だ……?」


 火の鳥は真摯に此方を見詰めている。

 その姿形は鷲に近く、炎で構成されたその体は揺らめきながらも保たれており、非常に幻想的だ。

 そして、その中に浮かぶ金色の瞳には、確固とした自我が見受けられた。

 

「君は一体……」


 すると、徐に自らの翼に嘴を差し込み、一枚の羽を宙に差し出す。

 それは独りでに宙に浮き、光を発しながら次第に姿を変えていく。

 そして、その光が止むと同時にそれは俺の手元に落ちてきた。


 手にしたそれを確認する。

 白く輝く金属で出来た細長い長方形の箱型で、上部は蓋のように開く仕組みがあり、側面には回転する機構が組み込まれている。


「これは、ライターか……?」


 片手でキャップを開くと、ボディの着火部分には穴が空いており、穴の底には謎の文字が刻まれていた。

 試しにローラーを回してみる……が、何度繰り返しても火はつかなかった。

 

 何だ? ライターじゃないのか?


 そう疑問が浮かんだ途端、身体を包んでいた青い光がライターの中に吸い込まれていった。


「…………」


 思いがけない光景に、言葉が出ない。

 また、いつの間にか痛みが綺麗さっぱり無くなっていたことにも。

 するとそこへ、もう一度回してみろと言わんばかりに鳥が激しく翼を振るいだした。


 仕方なく、もう一度回してみると――。


 ――ボッ。


 と、小気味良い音を立て、青色の炎が現れた。


「おお……本当にライターだ」


 心なしか、鳥の方も喜んでいる様に見える。


「でも、何でライター……?」

 

 そう呟くと、鳥は再び飛び上がり、上空を旋回し始める。

 そして、片手に持つライターの炎も同様に円を描くように動き出す。


 これは……連動している? 

 いや、もしかして――。


「鳥の居る方向を指し示している?」


 そう告げると、上空を舞う鳥は旋回を止め、再び自分の元へと降りてきた。

 そして、再度相見える一人と一羽。

 炎もまた、鳥の居る方向に傾いていた。


「合ってるか……?」


 知性が宿るその瞳に問い掛ける。そして、それはゆっくりとした瞬きで答えた。

 

 でも、どうしてこれを?


 そう問い掛けようとした瞬間――。


 鳥の身体が眩い光を放ち始めた。

 光の中、鳥の身体が崩壊していく。

 やがてそれは、蒼い光の球体になって教会の方へと飛翔していった。

 そして、そのまま礼拝堂の中へと侵入し、聖火台へと突っ込み、炎に吸収された。



「ええ…………」


 あまりの展開に呆然とする自分。

 まさか、あの鳥が聖火台の炎の一部だったとは。

 それに……、まだ聞きたい事があった。

 このライターは一体どんな目的で自分に渡したのか。

 手元のライターを見詰める。教会の方向に傾いていた炎は次第に定位置に戻り――。


「――あれ?」


 炎が教会とは反対側、廃村のあった方向へと傾き出した。

 

 どういうことだ? 火の鳥は消えていなくなったのに。

 だが、炎が傾くという事は……示された方向に何かがある?

 もしかして……、そっちに向かえという事か?

 それならば、これを自分に渡したのにも納得がいく。


 だが、其処には一体何が……。


「まぁ、目的地も何もかも決まってないし……。とりあえずの指針にはなるか」


 謎に包まれたこの世界を。

 たった一人、闇の中を進んでいく。

 

「異世界……。はは……異世界、ねぇ……」


 まぁ、良いさ。

 これなら、退屈せずに済みそうだ。

 精々楽しませてもらうとしよう。


 だが……、その前に先ずは――。



「服着替えないと、なぁ……」

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