1-1 〝招かれざる客〟
「痛っ……!」
背中への衝撃で一瞬にして目が覚めた。
どうやらそのまま寝てしまい、ベンチから落ちた様だ。
だが、そんな事よりも肩甲骨と尻が痛い。
当たり所が悪かったのか、中々痛みは引かない。
そして、暫く痛みに悶絶していると辺りが真っ暗な事に漸く気付いた。
「あれ……?」
何処だ、ここは?
真っ暗で何も見えないし、埃っぽい匂いがする。
ペンションの中か?
誰かが自分を見つけて運んでくれたのだろうか。
起きあがろうと床に手を当てると、その感触に違和感を覚えた。
これは、地面……?
ザラザラしてるし、冷たい。匂いを嗅ぐと若干土の匂いがする。
正に、そのままの剥き出しの地面だ。
「何だ此処は……。土間?」
起き上がり、真っ暗闇の中手を伸ばす。
すると、手先に何かが触れた。何か、固い大きな箱のような物が置いてあり、それを固くてゴワゴワとした布が包んでいる。
これは、何だ?
もしかして、ベッド?
だが、自分の部屋のベッドとは雲泥の差だ。こんな物で寝られるわけがない。
「じゃあ、此処は何処なんだ一体……」
物置きだろうか。剥き出しとなった地面に埃っぽい空間はそれを連想させた。
一旦明かりが欲しい。そう考え、スマホを仕舞っていたポケットに手を伸ばすと――。
「ん…………? ちょ、は、え……っ……!?」
ポケットがない。と言うか、何も無い。
肌と肌が触れ合う感触しか。
「…………全裸!?」
な、何で裸なんだ……!?
いつから全裸、初めから全裸!?
いや、もっと早く気付けよ俺!! 何やってんだ!!
えっと……確か、眠る前まではちゃんと着ていた筈だよな?
それじゃ、何でだ……? もしかして…………、誰かが脱がした?
………………ハッ!!
咄嗟に穴の痛みを確認する。
「――よ、よかったぁ……。」
痛くない。痛くないということは、何も無いということだ。…………そうに違いない。
誰だ、誰が一体自分にこんな恐怖を味合わせたんだ!
許すまじ。マジ許すまじ。
奴らか? 同部屋のアイツらの仕業か?
折角救いの手を差し伸べてやったのに、恩を仇で返しやがった。
スマホは分かる。煙草にライター、財布も分かる。
でも、着衣全て持ってくか普通!?
ギャンブルで身包み剥がされても、パンツだけは男の情けで残してやるだろ!!
常識だぞ!!
と、恥ずかしいことに少しヒートアップしてしまったが……、次第に冷静になっていく。
いや、落ち着け自分。いくら何でも変だ。やり過ぎにも程がある。
大学生なんだ。お互いに。これは普通に窃盗。アウトだ。少年法は守ってくれない。
ふぅ……。よし、だいぶ落ち着いてきた。
一先ず、探してみよう。
そう思い、ベッドの周辺を探してみる――が、何も見つからない。
うーん……。持っていかれたのは確実か。
だが、こんな辺鄙な山奥で一体誰が……。
まぁ、このまま考えていても埒が開かないか……。
一先ず、この部屋から出るとしよう。
ベッドを経由していき、壁へと突き当たる。質感はザラザラとしていて冷たい。まるで一昔前の蔵みたいだ。
そのまま壁伝いに部屋を慎重に歩いていき、角を曲がる。
数歩歩いた所で、腰辺りに何かとぶつかった感触を得た。
「痛って……。何だ? 机か、これ?」
調べると長方形の形をした台か何かだった。
机と思わしき台には紙の束と思われる物や、本の形をした物が置かれていた。
他には何か……と、机の上を手探りで調べていると、何かに手が当たった拍子にガシャンと物が落下した音がした。
「あ、やべ……」
しゃがみ込んで音がした方向へと手を伸ばして探す。
さっきの感触からして軽い物だと推察できるが、一体なんだろうか……と考えていると何かに手が触れる感触を得た。
そのままそれを掴んで調べると、三又の形をした物に円柱状の何かが突き刺さっていることが分かった。
そして、その円柱状の何かを念入りに調べていると、先っぽに糸の様な物が付いていることに気付く。
「これ、蝋燭か……? って事はこっちのは燭台……?」
燭台があるという事は、やはり此処は物置きなのだろうか。今時使用するような物では無いし。
そうだとすると、マッチの様に火を着ける何かは望み薄か。
机の上を具に探したが、それらしき物は見つからず。
マッチ探しは諦めて、再び壁伝いに歩いていく。
そして、部屋の角に行き当たり、曲がって数歩進んでいくと壁に新たな感触を得た。
質感が違う。軽くて少しザラつきがあって……、冷たさは感じない……。
木製の物か?
触った反動でガタガタと揺れ動いている。
もしかして、扉か?
ドアノブを探すと、金属製らしき取手を発見する。
そのまま恐る恐る取手を引くと、嫌な音を立てながらも扉は何の支障も無く開いた。
同時に部屋の中に微かな光が差し込む。
そして、扉を開けた先に広がる光景を認識すると、漸く自分が今どの状況に置かれているのかが明らかになった。
「何処だよ、此処は……?」
黒ずんだ木製の廊下に所々穴の空いた壁、そして驚く程に簡素な木扉。全てが小汚く、劣化している。
振り返って、自分が連れ込まれた室内を確認する。
ベッドに木製の机が二つずつ。そして、クローゼットらしき棚が一台置かれている。
これは、二人部屋の寝室か?
そして、やはり床は未舗装の地面であった。
依然として暗いままだが、何処からか洩れている灯りに照らされ、多少は自分の状況と場所の把握が出来た。
此処が自分の想定とは余りにも掛け離れた場所である、と。
「ペンション……な訳ないか……」
何だこれは、誘拐か?
いやいや、あり得ない。そんなのは。既に成人した身で、しかも金持ちの息子でも何でも無い。
だが、仮にそうだとしたら……。
全て辻褄は合ってしまう。
「とりあえず灯りのある方へ行ってみるか……」
足下を確認し、音を立てぬよう慎重に進んでいく。
それにしても、誘拐なら何故部屋に放置したままなんだ?
せめて、鍵は掛けておくべきだろうに。
廊下の突き当たりを曲がると、その先を行った所に灯りの光源が有ることに気付く。
そうして歩を進め、廊下を抜けると――。
そこは、祭壇に聖火台が祀られた礼拝堂だった。
「蒼い炎……?」
豪華な装飾の施された祭壇に巨大な聖火台が鎮座する。
鷲のような鳥の意匠が刻まれた器に煌々とした蒼炎が灯っている。
周りには無数の燭台が置かれた台に、翼を広げた鳥の彫像が飾られている。
そして、聖火台に対面する位置に通路を挟んで均等に並ぶ長椅子の数々。
「――あっ!」
祭壇の手前、礼拝客が跪く位置に見覚えのある衣服が乱雑に置かれていた。
「こんな所に置いたのか……」
パーカーにTシャツ、それとジーンズ、パンツ、靴下、スニーカー。
ポケットの中にはスマホや煙草、百円ライターが入っており、一つも欠けることなく全て無事であった。
「だけど、ますます分かんねぇな……」
何故、こうやって放置して自分の手に渡るように仕向けたのか。
態々身包みを剥いだ理由が分からない。
腑に落ちない謎が残ったが、一先ず落ちている物を拾い、身に付けていく。
そして、改めて今の状況を確認していく。
「…………それにしても、何だ此処は……。教会なのか?」
恐らくは礼拝堂なのだろう。
だが、自分の記憶のものとは少し異なる。
キリスト像や十字架は一切見当たらないし、それに聖火台を祀るなんて聞いたことがない。
火と言えば、ゾロアスター教が有名だが、日本では全くの無名だ。過去に教会があったとも聞いた事はない。
「それに……この汚さは何なんだ……。廃教会か?」
さっきの部屋もそうだったが、此処の長椅子や祭壇にも埃が積もっている。
窓には木製の扉が付けられ、光や空気が入らないようになっていた。
不意に窒息の二文字が頭に浮かぶが、息苦しくは感じない為、何処かに換気する機構があるのだと推測する。
他にも経年劣化で壊れたような物は特に見当たらなかったが、所々で汚れや埃が積もっているのを発見する。
どうやら長い間この場所に訪れた者は誰一人いないようだ。
自分を誘拐した人物を除いては。
「ってことは、この炎は犯人が点けたのか……?」
よくもまぁ、こんな神聖な物を使えたものだ。自分には畏れ多くて、軽々しくは使えそうもない。
そうだとすると、犯人はこの教会の関係者か?
だが、それだと自分を攫った理由がもっと訳が分からなくなる。
嗚呼、もどかしい。
せめて理由だけでも教えてくれればいいものを。
と言うか……その犯人は何処に消えた?
炎が灯っているからには、此処にいた事は確実だろう。
この教会内にまだ居るのか?
それとも外?
そうだとしたら部屋に鍵も掛かって無かったし、縛られてもない。
監禁する気は無いのか?
まぁ、正直今は状況を説明して欲しいから出て来てくれるのを願ってるんだが……。
はぁ……。余り夜に大声を出すのは好きじゃ無いのだが、致し方ない。
「おーーい!! 誰か居るかーーー!!」
建物中に響く様、声を張り上げる。
だが、礼拝堂からは反応は一切見られない。
「まぁ、居たら隠れてないで、さっさと出て来てるか……」
さてと……どうするか。
正直さっさと此処から出ていきたいが、何もかも不透明な現状。
建物の何処かに犯人が隠れているのなら、自分を此処に連れてきた理由を問い質したいが……。
夜間に一人で廃墟探索……。
さらに、武器を所持した犯人といきなり鉢合わせる危険性も有る……。
「良し。逃げよう」
うん、無理だ。
仕方ないじゃ無いか。ホラーと人間、両方の恐怖に耐えられるほど鈍感ではないのだから。
納得はいかないが、命には代えられない。
長椅子に挟まれた通路を進み、玄関口に辿り着く。
アンティーク調の古風な作りの木扉が、外界と教会を遮断している。
どうか、鍵が掛かっていませんように……。
そんな祈りを込めて、扉に手を掛ける。
そして、僅かの抵抗を感じながらも扉を押すと、ゆっくりとそれは開いた。
「お、開いた――」
だが、その瞬間戦慄が走る。
何故ならそこには。
「――は?」
そう、扉を開けた先には。
更なる真っ暗闇の世界が広がっていた。
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