第34話



 後日。

 訓練場でザンゲルに稽古をつけてもらっていると、


「あの、レイス様。聞いていたヴィリアスという方が来られたのですが、こちらにご案内でよろしいですか?」

「ああ、大丈夫だ」


 兵士がそう声をかけてきて、俺とザンゲルは視線を向けた。

 しばらくして、兵士に連れられるようにして、ヴィリアスがこちらへと向かってきていた。


「ザンゲル、それじゃあヴィリアスとの交渉は任せていいか?」

「はい、お任せください」


 こくり、と頷いたザンゲルがヴィリアスと軽く話をしてから宿舎の方へと向かった。

 ……ザンゲルとは事前に話をし、専属契約をしたい鍛冶師がいるということは伝えておいた。


 なんか、滅茶苦茶驚かれたんだけどな。今のヴァリドー家と専属契約してくれる鍛冶師はいないそうだ。一体何をしたんだか、俺の家族たちは。


 なるべく、条件を整え、さらに家族たちにバレないよう使用人としての契約にするなどしてうまく誤魔化す方法を皆で話し合ったので、あとはその金銭的な報酬さえクリアすれば問題はないだろう。


 事前にヴィリアスの求める条件をリョウの時に聞きだしてもいたので……まあ彼女が嘘を言っていなければ無事契約はできるはずだが。


 そんなことを考えていると、訓練のキリがついたリームがこちらへとやってきた。

 ひくひく、と鼻を動かした彼女はじっとこちらを見てきた。


「以前、外套についていた女の臭いがしたわ」


 犬かお前は。

 というか、犬でもここまで判別つかないのではないだろうか?

 本当に恐ろしい奴だ。


「……さっき、ヴィリアスが来たんだ。俺がリョウとして活動しているときにあった鍛冶師だな」

「ああ、例のね。なんだか可愛い子だったわね。胸はないけれど」

「まあ、そうだな」

「質問よ。……あなたは胸の大きい人と小さい人、どちらが好きなのかしら?」


 そんなアピールするように胸を見せつけてこないでほしい。目のやり場に困るから。


「別に胸のサイズで決めはしないぞ。その人の性格次第じゃないか?」

「……むっ。じゃあ、私とヴィリアス、どちらの方がいいのかしら?」

「別に。比較するものじゃない。お前とは婚約者の関係があって、ヴィリアスは契約する予定の鍛冶師というだけだ」

「……むぅ。私は、『お前の香りの方がいい』と嘘でもいいから言ってほしいのよ」

「ちょい待て、香りは余計だろ?」

「そこが一番大事でしょうが」


 リームがぷんすか頬を膨らましてこちらを見てくる。

 ……一体どこでリームはおかしくなってしまったのだろうか。

 それは、イナーシアも、ヴィリアスもそうだ。


 ゲーム本編よりも素直というか、欲に忠実というか……とにかく、ゲーム本編から大きく物語を変えられる可能性があるということは分かった。

 ヴィリアスとの契約も無事に終われば――あとは、スタンピードを迎え撃つだけ。

 俺の、破滅の未来を回避するだけだ。





 私は王城へ向かう準備を整えていた。

 ……少し緊張していた。

 私が自分から王城へと伺うのは、実はこれが初めてだからだ。


 今回の目的は、簡単だ。表向きは、旧友である騎士団長との面会が理由だったが、裏向きは違う。

 ――ヴァリドー家の現状を伝え、何かしらの対策をして頂くこと。

 それが、訪問の理由だ。


 とはいえ、果たしてヴァリドー家のことで、上がどこまで動いてくれるかどうか……。

 貴族たちは腐敗しきっていて、ヴァリドー家を告発したところでそれがうまく通るかどうかは分からない。


 結局のところ、他の貴族たちがヴァリドー家の弱みを利用しようとする程度で終わってしまう可能性もあった。


 騎士団長に相談し、一体どうすれば現状を変えられるか……。

 あまり人に物を説明するのが得意ではない私が、一体どこまでヴァリドー家の現状の問題について、相手に伝えられるかという不安は大きかった。 


「ザンゲルさん……それじゃあ今日はお願いしますね」


 部屋に来ていたゲーリングがすっと頭を下げてきた。


「……ああ、分かっている。ヴァリドー家の……そして、レイス様の未来のためにも、な」

「……はい」


 私もゲーリングも……そして、この屋敷の兵や使用人たちは、一つの共通した目標のために動いていた。

 それは……レイス様の立場の向上だ。

 約十ヵ月ほど前。


 レイス様が突如として……穏やかになった。そう表現するのが、一番しっくりとくる。それ以前に起こしていた癇癪などがなくなり、誰に対しても平等に、丁寧に接していた。


 初めはたまたま、あるいは気まぐれのようなものだと思っていたが、今では違うと確信を持っていえる。

 だからこそ――私やゲーリングは、レイス様のために何とかしてあげたいと思った。


 あまり、貴族というものが好きではなかった私が、再び王城へと出向くのだって、すべてはレイス様のためだ。

 私の知り合いでもっとも権力を持っている騎士団長に話をして、どこまでこの話が伝わるのかどうか。


 ……下手をすれば、私の立場だって危うくなるかもしれない。


「それじゃあ、行って来る」

「……はい、お願いします」


 ゲーリングがすっと頭を下げてきて、私はヴァリドー家の屋敷を出て、転移石へと向かった。



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