第35話



 王都への転移石まで移動し、それから城下町を過ぎていき、王城へと向かう。

 王城の門には騎士団の警備が立っている。ちょうど顔見知りの騎士がいて……当時と変わっていなければ、第三分隊が今日はここの警備を行っているのだろう、なんてことが脳裏に浮かんでいた。


 二人で見張りを行っていたが、一人は顔の知らない若い男性だ。レイス様より一つ二つ程度は上だろうか? どこか緊張している様子は、恐らくだがまだまだ実務経験が少ないからこそなんだろう。


 そんなことを分析しながら近づいていくと、こちらに気づいた男性が驚いた様子で背筋を伸ばした。

 私はそんな彼の姿に、苦笑した。彼の隣の新人は、私を見て小首を傾げながらどこか警戒した様子の目を向けてきた。


「……もう騎士団に所属はしていないのだから、そうかしこまらなくてもいい」

「し、しかし……ザンゲルさんには色々とお世話になりましたから」


 そんな話をしながら、私は事前に受け取っていた通行証を渡しつつ、顔見知りの騎士と一言二言話をし、私は騎士団宿舎へと向かった。


 巨大な宿舎は王城に隣接されたものであり、ここに騎士団員の多くが過ごしている。少なくとも、各分隊の隊長や騎士団長たちには個別の部屋が用意されており、いつでも出動できる体制が整えられていた。


 宿舎の中へと入ると、時々すれ違う騎士に声をかけられる。ありがたいことに、「戻ってきてほしい」とどこまで本音なのか分からない言葉を言ってもらえていた。


 そんな挨拶をしながら進んでいたからか、騎士団長の部屋に到着するまでにはかなりの時間がかかっていた。


 扉の前へと立った私は、これからのことを考えて少しだけ二の足を踏みつつ、扉をノックした。


「ザンゲルか、入ってくれ」


 凛とした女性の声が響く。恐らく、私の魔力を感知し、入出の許可を出したのだろう。


「失礼します」


 重厚な扉をノックし、中に入ると、騎士団長が席に座りこちらをじっと見ていた。

 ……私と同い年くらいの彼女は、久しぶりに会うのだがやはり年齢以上に若く見える。


 騎士団長アエル・リーニング。

 アエルはすっと背筋を伸ばし、生まれつきだという鋭い目をこちらに向けつつも、どこか穏やかに口元を緩めた。


「ザンゲル、待っていたぞ。……久しぶりだな、本当に」

「そうですね。私からはあまり王城にはいきませんから」

「本当にそうだ。別に、特別講師としての仕事なら山ほどあるのだから、いつでも来ていいのだぞ? そもそも、元副団長なのだから……それこそ、もっと自由に来てもいいんだぞ?」

「そうはいいますが……私は、あまり人に教えるのは得意ではありませんので」


 ……少なくとも、そう思っていた。私自身、自分の説明が感覚的なのは理解していて、具体的な言葉で技術を表現することはできなかった。

 だから、あまり騎士団での教育の実績はよくなかった。


「……そう距離をとって話をされると寂しいからやめろと言っているだろう」

「今の私は副団長ではありませんので。とてもではありませんが、騎士団長様を呼びすてにすることはできませんよ」

「……」


 むぅ、とアエルは頬を膨らませるようにこちらをじっと睨んでくる。……相変わらず、どこか子どもっぽい性格は治っていないようだ。

 彼女の悪戯にはいつも困らせられたものだ、とかそんなことを思い出しつつも、私は本題へと入る。


「それで……手紙にもあった件についてですが――」

「ヴァリドー家の、ことだったな」

「ええ。……ヴァリドー家は、あまりにも腐敗してしまっています。正直言って、現状では『悪逆の森』でスタンピードが発生してしまっては……それを押さえこむことは難しいかと思います」

「貴族が腐敗しているのはいつも通りのことだろう」

「ええ、ですが……ヴァリドールがこの国の第一の防衛ラインでありますから現状では、守り切ることは難しいでしょう」


 ……レイス様の指摘を受けてから、ヴァリドール兵団の戦力は大きく向上している。すべての兵たちの底上げにはつながっているが、装備品などお金のかかる部分に関しては新調できていない。


「なるほどな」

「部下にデータとしてまとめてもらいましたが、ここ最近、明らかに『悪逆の森』の外に魔物が出てくることが多くなっています。賢者様の作った結界が弱まっているのも明らかです。……正直な話、いつどんな問題に襲われるか分かりません」


 ゲーリングたちに作ってもらった、ここ最近の魔物との交戦の状況などがかかれた書類を手渡す。

 ここ数ヵ月での戦闘回数を比較したグラフがあるため、誰もが一目で異常事態だと理解できる。

 アエルがしばらく書類を見ていたのだが、彼女は口元を緩めた。


「珍しいな、ザンゲル」

「何がですか?」

「ここまで熱心なお前を見るのは……初めてだ」

「……」


 アエルはぷくーっと再び子どもっぽく頬を膨らませる。

 ……珍しい、か。

 元々私は事なかれ主義だ。何か気になることがあっても、そこまで大きな問題にならないのなら放置することが多かった。


 だからこそ、アエルは先ほどのような問いを投げてきたのだろう。


 素直に答えてもよかったのだが、旧友に過去の私と今の私とを比較されるのは少し恥ずかしいと思ってしまう部分もあり、私は濁すように答えた。


「国の一大事だと思いましたから」

「……いや、違うだろう。ヴァリドー家の三男、レイス・ヴァリドーがそうさせているんだろう?」

「……」


 ……手紙に、直接その名前をあげたからだろう。

 私がアエルと面会をしたいと話したとき、今のヴァリドー家の抱える問題についてもあげた。


 そして、可能ならば、爵位の継承をレイス・ヴァリドーに変えるようなことはできないのか、とも相談していた。


 ……まあ、それを手っ取り早く行うとしたら、長男次男が死ぬことなのだが私だって別に殺すほどにまで憎んでいるわけではなかった。


「そう、かもしれませんね」

「……あのお前に、そこまでさせるほどなのか? そのレイスという男は」

「……どうでしょうか。ただ……私は今のレイス様であれば、ヴァリドールを……いやこの国を変えてくれるかもしれないと、思っています」


 それは、レイス様を褒めるための過剰な嘘……ではない。

 私は、心の底から……そう思っていた。


 レイス様は、貴族のいいところと悪いところ、その両方を知っている人だ。自分自身でその悪かった部分について気づき、それを改善している。


 今すぐには無理でも、協力者がいれば……きっと彼は平民と貴族、どちらの仲を取り持つこともできるようになるはずだ。


 私の言葉を聞いたアエルは、しばらくじっとこちらを見てから口元を緩めた。


「……そこまでの、男なんだな」

「はい」

「……なんだか、少し妬けてしまうな」


 理由は分からないが、アエルはぷくーっと再び頬を膨らませた。

 その時だった。


 部屋にあった衣装棚ががたがたと動き出した。

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