第26話
ギルドを出たところで、イナーシアが声をかけてきた。
「ほんと、すっかり有名人になっちゃったわね、あんた」
「目立つ格好が原因だろうな」
全身黒い服で、おまけに仮面までつけているのだから、まず見た目で注目されるんだろう。
ただ、冒険者として目立つのは決して悪くない。屋敷の外にレイスとして出られない現状では、リョウとして知名度を上げておきたいと思っていた。
いざというときに、この立場を使える可能性があるからだ。
「まあ、あんた面倒見いいものね。ほら、あたしの頭も撫でてちょうだい」
「いつも撫でるとは言ってないだろ。依頼を達成したらだ」
「んもー、仕方ないわね。お兄ちゃんがそういうなら、頑張るわね」
……こいつ、どこまで本気なんだろうな。
「ひとまず、ダンジョンの近くに移動するぞ」
「え? もういけるの?」
「一度、様子を見たことがあったからな」
「へぇ、一人で先に入らなかったの?」
「……入れると思っていたら、許可証が必要だと言われてしまってな」
俺がそういうと、こちらを見ていたイナーシアが苦笑した。
「あはは、あんたそういうところ抜けてるわね。でも、そういうのもいいお兄ちゃんね」
うるせえやい。
ゲーム本編でこんな細かい設定はなかったので、知らなかったんだよな。
黒い渦を作り、新しいダンジョン近くへと移動する。
ダンジョンの入り口近くに出ると、警備を行っていた冒険者が驚いたようにこちらを見てきた。
だが、俺の正体に気づくと、安心した様子でほっと息を吐いていた。
「リョウか。ギルドの許可は下りたのか?」
「ああ、この通りだ」
俺が見せつけるように許可証を渡すと、彼は苦笑とともにそれを確認した。
「……中にいる魔物は聞いているか?」
「一応な」
「まあ、それならいいが、気をつけろよ? かなりの難易度になるからな」
「分かっている」
そんな会話をしてから、俺たちは赤い渦を潜り抜け、ダンジョンへと進んでいった。
「あたし、何も聞いてないんだけど、どんな魔物が出るのよ?」
「ミスリルゴーレムだ」
「……え? それってあたしたちで倒せるの? 確か、あいつらってかなり頑丈じゃなかったっけ?」
イナーシアが当然の疑問をぶつけてきた。
とはいえ、それは織り込み済みだ。
「まあ……そうだな。攻撃が通らないかもしれないが……ひとまず様子を見てみるぞ」
……やろうと思えばどうにかなるかもしれない。
俺の狙いは、そこではない。
……このダンジョンは、もしかしたら俺のゲーム知識にあるダンジョンなのかもしれないということだ。
ずっと考えていた武器をどうするのかという問題についても、もしかしたら解決できるかもしれないんだ。
赤い渦の先は、落ち着いた遺跡のような道が続いている。少し薄暗いとは思うが、戦闘をする上では問題ないだろう。
周囲をじっと観察していると、イナーシアが問いかけてくる。
「あんた、どうしたのよ? 何か気になる物でもあるの?」
「……まあ、そうだな。こういうダンジョンは初めてでな」
とりあえず、そう返しておきながら……周囲の景色とゲーム内でみたミスリルゴーレムダンジョンを重ねる。
うん、間違いない。
……やっぱり、ここは俺が知っているゲーム内のダンジョンと同じだ。
これなら、もしかしたら無理やりゲーム本編にあったイベントを起こすこともできるかもしれない。
一度、ダンジョンから出てヴァリドールに戻ろうかと思ったが、何もしないで帰るととなるとイナーシアに不思議がられるだろう。
ミスリルゴーレムと戦ってから、街に帰還する方がいいな。
俺たち以外にダンジョンの調査をしている人はいないのか、内部はかなり静かだ。そんなダンジョンを進んでいくと、眼前に霧のようなものが集まっていく。
イナーシアが警戒するように槍を構えると、眼前にミスリルゴーレムが現れた。
じろりと周囲へ視線を向けたミスリルゴーレム。
金属の光沢を放つ巨体がゆっくりと動き出す。
「……そういえば、ミスリルゴーレムってミスリルをドロップすることがあるのよね?」
「そうだ」
「あんた武器作りたいって言っていたし、こいつを倒して素材でも集めるの?」
「そんなところだな。……ひとまず、イナーシア。戦ってみてくれないか?」
「あんたはどうするのよ?」
「俺は空間魔法の準備をしておく。イナーシアの攻撃が通らないと思ったら、そっちで仕掛ける」
「分かったわ」
俺の空間魔法の威力を知っているためか、イナーシアはすぐに頷いて準備を始める。
ミスリルゴーレムは非常に強力な敵だが、レアドロップのミスリルは、武器の更新にとって欠かせない素材でもある。
イナーシアが地面を蹴りつけ、その速度を活かすように風魔法を発動する。……すでにイナーシアのレベルも原作開始時点よりも高いと思われる。
彼女が使っているスピードブーストの魔法は、原作開始時点では使えなかったはずだからな。
これなら、もしかしたらミスリルゴーレムにもダメージが通るかもしれない。
そんなことを考えていると、両者の戦闘が始まった。
イナーシアが速度を活かして攻撃を放つと、ミスリルゴーレムの巨大な拳が地面に激突し、その衝撃で足元が揺れる。
地面を蹴り、跳躍したイナーシアがミスリルゴーレムへと迫るが、攻撃はかなり通りづらいようだ。
槍を弾かれたイナーシアは、反転するようにしてミスリルゴーレムの攻撃をかわす。ミスリルゴーレムも思ったよりも動きが速いな。
後退しながらイナーシアが即座に風魔法を放ったが、ミスリルゴーレムは魔法を弾くように受け止めた。
「魔法耐性もあるって……リョウ! こいつ、たぶんあたしじゃ無理よ! どうするの!?」
「そうか」
……今のイナーシアならどうにかなるかもしれないと思ったが、これでも難しいか。
仕方ない。なら、俺の魔法を試すとしようか。
俺はミスリルゴーレムをじっと観察し、その体へと空間魔法を放つ。
黒い渦がミスリルゴーレムの体を飲み込むように現れる。即座にミスリルゴーレムが危険を察知したのか、回避しようと動いた。
……ちっ、反応が早い。
体の半分ほどが外れてしまったところで、俺はその空間魔法を閉じ、ミスリルゴーレムの腕を切断する。
「ガアア!?」
驚いたようにミスリルゴーレムが声を荒らげる。一体どこから音を発しているか分からないが、ひとまずダメージは通った。
……まだまだ、空間魔法の展開速度を早める訓練を行わないといけないな。
魔物相手に使うには精度を向上させる必要があるなと考えていると、まだ倒れず、こちらを睨みつけてきたミスリルゴーレムがまだ無事だった片手を向けてきた。
そして、ミスリルの矢のようなものを放ってきた。
……厄介な攻撃だが、俺は俺の眼前に空間魔法を展開し、その攻撃のすべてを飲み込む。
同時に……ミスリルゴーレムの背中側に出口となる黒い渦を展開する。
先ほど飲み込んだミスリルゴーレムの攻撃をそこから放ち、ミスリルゴーレムの背中を打ち抜く。
「ガア!?」
さすがに、自分と同じ強度を持つミスリルの矢はそれなりにダメージがあるようだ。
それでもまだ倒れない。
ただ、隙だらけとなったミスリルゴーレムの体を飲み込むように黒い渦を展開する。
驚いたミスリルゴーレムが逃げようと動いたが、今度は先ほどよりも早く渦を閉じ、その体を真っ二つにえぐった。
「……ガアア」
体が崩れ落ち、ミスリルゴーレムの赤い目が電源を落としたように消えていく。
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