第27話


 倒れたミスリルゴーレムが崩れ落ち、ダンジョンに溶け込むように消滅したのを確認した俺は、ドロップしていた魔石を確認する。


 ミスリルはないか。

 レベルアップはしたのか、体が軽くなる感覚はある、恐らく今の俺の適性レベルよりも難易度の高いダンジョンだからな。


 ただ、さすがに魔力を使いすぎたな。


「あんた……ミスリルゴーレム相手にあそこまで余裕で倒せるなんて相変わらず規格外ね」

「いや、これでもわりとぎりぎりだぞ。魔力を使いすぎたからな」

「そうなの? 顔が見えないとまったく分からないわよ」

「とにかく、イナーシアの攻撃も通らないとなれば一度街に戻るしかないな」

「……そうね。悪かったわね、足を引っ張ちゃって」

「別に、そんなことはない。気にするな」


 イナーシアは申し訳なさそうにしていたのだが、俺の言葉に口元を緩めてもいた。

 ……実際、今はまだ戦うつもりはない。


 もしかしたら、これで鍛冶師ヴィリアスのイベントを起こせるかもしれない、程度に考えていたわけだからな。


 空間魔法を発動し、俺たちは一度ヴァリドールへと戻っていった。



「何か作戦でもあるの?」


 イナーシアからの問いかけに、俺は少し悩むふりをする。

 俺はこれから、鍛冶師ヴィリアスへと会いに行くつもりだった。


 ゲーム本編で、最強ともいえる鍛冶師の一人だ。

 ただ、恐らく現状では仲間にするためのイベントはまだ発生していないはずだ。

 ここからは、少し賭けでもある。

 彼女とのイベントをどうにか無理やりに起こして、ミスリル装備を作ってもらうつもりだ。


 だが、問題がいくつかあるんだよな。

 実を言うと、イナーシアを今回の依頼に同行させるのかどうかは迷っていた。

 理由は、リームの時と同じだ。


 イナーシアとヴィリアスは原作で初めて出会うからなぁ……。

 ヴィリアスはゲーム本編で絶対に仲間になるキャラクターの一人だ。


 鍛治の天才にして、生活能力皆無な美少女、ヴィリアス。

 ……イナーシアとヴィリアスを合わせることは少し迷ったが、まあそこまで悪影響は出ないだろう。

 少なくとも、ゲーム本編が開始したときに二人の仲が良い方が、主人公としてもやりやすいはずだ。

 感謝しろよ、主人公くん。


「ちょっと鍛冶師に会いに行ってくる。ついてくるか?」

「もちろんよ。ミスリルゴーレム倒すなら、あたしも新しい武器作ってほしいし」


 俺はイナーシアとともにヴィリアスがいる家へと向かう。

 やがてたどり着いたのは一般的な二階建ての建物。周囲には武器屋なども並んでいるのだが、ここは特に看板などは出ていない。


 その建物の前で足を止めると、イナーシアが首を傾げてきた。


「……鍛冶師って言っているけど、ここお店じゃないわよね?」

「一応、昔はここで店を開いていたんだよ」


 ヴィリアスの師匠が亡くなってから、ヴィリアスは店を閉めた。

 というのも、まだヴィリアスは自分の【鍛冶師】スキルが店を開けるほどのものではないと考えていたからだ。


 ……まあ、ゲーム本編開始時点でも十分能力は高かったんだけど、ヴィリアスが満足していなかったんだよな。

 とはいえ、今は色々と悩みを抱えている状況なわけで、それを解決する必要がある。


 ひとまず、扉をノックしてみる。しかし、反応はない。

 ……まあ、それは分かっている。ゲームでも正面突破は無理だったからな。


 ゲームでは、ヴィリアスを知る人たちから話を聞き、『ミスリル』を探しているという情報を手に入れてから、ミスリルゴーレムが出現するダンジョンについての話題をすることで、ようやくヴィリアスに会うことができる。


 ただ、俺はそんなフラグを立てるのは面倒だ。そもそも、俺の目的は彼女の鍛冶師能力だ。

 細かいフラグはどうでもいい。


「ここに、ミスリルを求めている【鍛冶師】がいると聞いたが、いないのか?」


 声を張り上げながら、何度かノックしてみる。

 ……声が聞こえていれば、反応があるはずだ。そう思っていると、どたどたと駆けるような音が聞こえてきた。

 そして、ゆっくりと……扉が開くとぼさぼさの茶髪の女性がじろーっとした目を向けてきた。


 服はどこか小汚く、髪も似たように手入れされていない。

 扉の隙間から見える通路には、いくつものゴミが見え、イナーシアが顔を引きつらせながら叫んだ。


「……ちょ、ちょっと! 何よこの汚部屋は!」

「……汚部屋、とは酷い……。使いやすいように、整理されている」

「ゴミばっかりじゃない! あんたこんな中で。くっさ!? あんた風呂入ってないの!?」

「入ってる」

「はぁ!? ならちゃんと体洗いなさいよ! 臭すぎるわよ!」

「週に一度は……入ってる」

「それは入ってないっていうのよ! まったく、とりあえず掃除よ掃除!」

「……待って。それよりも、さっきの話」

「何よ!?」

「ミスリルが手に入る、ダンジョンが……ある?」


 じろり、とヴィリアスがこちらを見てきた。

 ……結果的に、彼女と面会することには成功したし、ここからはゲーム本編のようなやり取りをすれば何とかなるかもしれない。


「ああ。つい先日、この街の近くにミスリルゴーレムが出現する迷宮が出現してな。俺たちもそこの調査を行いたいんだが、あれを倒せる武器を持ってなくてな。ここの鍛冶師が作れると聞いたんだが」

「……とりあえず、中に入って。詳しい、話をしたい」


 といって彼女は扉を開ける。

 イナーシアは眉間を寄せながら、へやをじっと見ている。


「……中にって、ここに入るの?」

「大丈夫、臭いは、そのうち慣れる」

「あんたも臭いって感じてるんじゃない! もう掃除するわよ! いいわよね!?」

「それは、ありがたい」


 両手を合わせ、合掌。

 イナーシアがひくひくと頬を引きつらせていたが、俺はひとまずイナーシアに任せる。

 良かった、彼女を連れてきて。


 さすが、面倒見がいいだけありイナーシアがため息をつきながらも掃除を開始する。


「あんたもやるのよ!」

「面倒……」

「面倒じゃないわよ! ほら、リョウも手伝いなさい」

「俺はこの鍛冶師に用事がある……そっちは任せた」

「なんか言った!?」


 ひえっ。

 ゲーム本編での主人公のセリフを真似したところ、同じ言葉が返ってきた。

 ただ、プレイヤーとして見ていたときと違い、直接怒気をぶつけられるとなると威圧感は凄まじい。


「……掃除、とりあえずやった方がいい」


 ヴィリアスが震えながらにこちらを見てくる。

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