第25話



「なんで俺なんだよ!」

「何度も言っているでしょ!? あんたがあたしの理想のお兄ちゃんなのよ!」


 中身はレイスくんだぞ! 原作では不人気な悪役なんだぞ!


「ほら! さっさとあたしを抱きしめて、頭なでなでして、『今日もイナーシアは頑張ったね、偉い偉い』って褒めなさいよ!」


 俺の腕を掴み、イナーシアは無理やりに先ほどの発言を実行させるように俺の腕におさまってきた。

 それから、上目遣いに睨んでくる。

 ……もう、ダメそうである。


 先日、リームにも似たように詰められたことがあり、あの時も俺はすべてを諦めた。

 もう……さっさと終わらせてしまったほうがいいだろう。


「……キョウモ、イナーシアハ、ガンバッタネー。エライエライー」

「えへへ……ありがとう、お兄ちゃん……でへへへ」


 ……今ので、満足らしい。

 それからしばらく、イナーシアを甘やかしていると、彼女は満足そうな笑顔になっていた。

 彼女の顔には安堵の色が浮かび、その表情はまるで幼い子供が親に甘えるような無邪気さがあった。


「うん……もう、大丈夫だわ。ふう……もうずっと溜め込んでいたものを吐き出せて大満足だわ……」


 彼女はそう言って、満足げに深呼吸をした。

 俺はなんだか疲れてしまった。イナーシアを抱きしめられるというのはそれは確かに俺としても役得ではあるのだが、とはいえこの関係は何とも言えない。


 彼女の頭を撫でながら、これからの関係について考える。

 イナーシアは、ゲーム本編で主人公に見せたびしっと人差し指をこちらに突きつける決めポーズとともに、


「これからは会うたび、あたしのことを甘やかすのよ、お兄ちゃん」


 ……脳が理解を拒むセリフを放った。


「……お兄ちゃん呼びは、やめてくれ」

「そうね。甘えるときだけにしたほうが、力も貯められるし……それはいい案ね!」


 俺がノリノリで提案したみたいに聞こえるんでやめてくれます?

 すっかり楽しそうなイナーシアに、俺はため息を吐くしかない。

 まあ、嫌われるよりは全然マシではあるか……。



「それじゃあ、そろそろ訓練でも始めましょうか、お兄ちゃん」

「それはやめろ」


 イナーシアは勝ち気な笑みとともにそういってきた。

 まだ朝早い時間。いつものように空間魔法で屋敷を抜け出してきた俺は、イナーシアと合流してギルドの訓練場へと来ていた。


 イナーシアがそう言って持っていた槍を構えたので、俺も同じように空間魔法を発動し、黒い渦から短剣を取り出した。


 お互いに、武器の準備を終えたところで模擬戦を開始する。

 ……最近では、イナーシアとともに冒険者活動を行っていた。

 イナーシアから誘われたからではあるのだが、俺としても都合が良かったからだ。


 というのも、イナーシアは【指導者】スキルを持っているからだ。ていうか、ゲーム本編に出てくるキャラクターは、スキルレベルに差はあれどリーム含めて全員【指導者】スキル持ちだ。


 魔物を倒したときにもらえる経験値は、パーティー人数が増えれば減少してしまうが、【指導者】スキルによって戦闘での行動などによる基本ステータスの上昇量は大きくあがることになる。


 どうせ、レベル上限なんていつかは迎えるわけで、だったら最初から基本ステータスの強化を行っていくように鍛えたほうが、最終的には効率が良くなるというわけで、俺はイナーシアとともに活動していた。


 しばらくお互いに戦闘訓練をしていたのだが、先に根を上げたのはイナーシアだ。


「……あんた、相変わらず強いわね」

「そうでもない。俺よりも強い奴は、いくらでもいる」

「そういう謙遜しているところが……あたしのお兄ちゃんとして完璧ね」


 意味が分からん。

 ……少なくとも、今のレベルやステータスではゲーム本編をクリアできるほどではない。

 もっと強くなっておかないと、どこで主人公に命を狙われ、破滅エンドを迎えるか分からないからな。


 ……それに、俺の腕の問題だってそうだ。

 ゲーム本編が始まるまで、もうそれほど時間はない。……その間に、確実に大きなスタンピードが発生して、魔物たちに襲われることになる。


 それまでに、もっと力をつける必要がある。

 休憩を挟みながら訓練を行った後、俺たちはギルドへと向かう。


 あとはイナーシアと一緒に依頼を受けていき、冒険者ランクを上げていくだけとなる。


 冒険者ランクをあげると、ゲームでは特別な依頼などを受けることもできた。……ゲーム本編はまだ始まっていないため、ゲーム本編にあったような依頼は受けられないかもしれないが、それでもランクを上げておく価値はあるだろう。


 ギルドへと入り、まっすぐに受付へと向かっていると、途中ですれ違った冒険者がこちらへと声をかけてきた。


「あっ、リョウさんとイナーシアさん! この前は助かったぜ、ありがとな」


 声をかけてきた冒険者は……この前街の外で助けた人だな。

 普段見かけない魔物が街の外に突如として現れ、それに襲われてしまっていたのだ。


 また魔王が適当に召喚したものに巻き込まれたのだろうな。


「気にするな」

「そうそう。冒険者同士、助け合うのが普通なんだし、次何かあたしたちが困っていたら助けなさいよ」

「はは、そうだな。何かあったら言ってくれよ」


 ばしっと冒険者が胸を叩き、嬉しそうに笑っていた。

 受付に並んでいると、色々な冒険者に声をかけられる。……皆から感謝の言葉を伝えられていると、イナーシアが呆れたようにこちらを見てきた。


「あんた。あたしと一緒に活動していない時も、あちこちで人助けしてるの?」

「別に、そういうつもりで動いているんじゃないんだけどな。困っている人がいるときは助けてるが」


 ……そもそも、俺がリョウとして活動している理由の一つが、冒険者としての信頼度の獲得だ。

 レイスのままで、外では活動できないため、屋敷の外で使える戦力を集めるために、リョウの名前を広めているわけで、それには救助が手っ取り早い。


「……やっぱり、あたしのお兄ちゃんは最高ね」


 だから、やめい。

 ……というか、この世界の人たちは自分の命を軽視しすぎなんだよな。


 ダンジョンに潜ったときに助けることが多いのだが、彼らは何か常にぎりぎりのダンジョンに挑んでいることが多く、内部で負傷して動けないとかそういう人が多かったのだ。


 ……まあ、もしかしたらゲームシステムが影響しているのかもしれない。


 ゲーム本編でも、『仲間がダンジョンで負傷して戻れなくなってしまったので、救助の協力お願いします』みたいな依頼がいくつかあったからな。


 そういうわけで、結構困っている人を見かけるのが多く、目にとまった範囲で人助けをしていた結果……めっちゃ周りから感謝されるようになった。

 まあ、いいんだけどね。俺の計画通りではあるわけだからな。




 受付に向かうと、こちらに気づいた職員が柔らかな笑顔を向けてきた。


「あっ、リョウさん、お待たせしました。本日はどのような要件でしょうか?」

「新しいダンジョンが発見されたという話だっただろう? そこの調査許可が欲しくてな」

「調査の依頼を受けてくださるんですね!」


 ……昨日ヴァリドール近くに、新しいダンジョンが発見されたそうだ。まだ内部の地図や出現する魔物についての情報が分かっていないため、現在調査員を募集中とのことだ。


「分かりました! リョウさんとイナーシアさんであれば条件は満たしていますね。こちらの通行証を受け取りください」


 現在、入り口には冒険者が立っているため、内部へ勝手に入ることはできない。

 差し出された二枚の通行証を受け取りながら、俺は問いかける。


「内部で発見した宝などは自由に使っていいんだな?」

「はい。問題ありませんよ。その代わり、迷宮内部の情報で分かったことがあれば報告お願いします」

「了解だ」


 俺は職員へそう返事をしてから、ギルドを後にした。

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