第21話
あたしは、孤児院で最年長であり、ずっとお姉ちゃんとして振舞ってきていた。
いつも誰かの面倒を見て、誰かのお世話をして……そんな生活をしていた。
だから、あたしはずっと憧れていた。
長年、欲しいと思っていた。
あたしが甘えられるお兄ちゃんを――。
あたしの考える究極最強お兄ちゃんは、強くて優しい人だ。
今、目の前にいるリョウは……まさにあたしの探し求めていたパーフェクトお兄ちゃんだった。
……もしも、許されるのであれば今すぐリョウにあたしのお兄ちゃんになってほしいと頼み込んで、それはもう贅沢に甘えたいという気持ちはあったがぐっとこらえる。
でも、ダメよ。落ち着くのよ、あたし。
こういうのは手順を踏む必要がある。
そんなことを考えながら、あたしも魔力操作などで肉体の訓練を行いながら新人冒険者を見守っていると――。
無事、ダンジョンのボスをシズクたちが討伐した。
「や、やりました……!」
嬉しそうな様子でぱっと目を輝かせたシズクたちは、それからあたしたちの方へと駆け寄ってきた。
目をキラキラと輝かせるシズクたちに、リョウは落ち着いた声で答える。
「よくやったな。この調子で行けば、もうダンジョン攻略は問題ないだろう」
「あ、ありがとうございます! 全部お二人のおかげです!」
「そんなことはない。皆の日々の訓練の成果だ。これからも、頑張ってな」
「はい! そ、その……リョウさん! お願いがあるのですけど……いいですか?」
シズクがもじもじとした様子でリョウに質問をしていた。
「なんだ?」
「お、お願いがあるんですけど……あ、頭を撫でてくれませんか!?」
「え? 突然どうしたんだ?」
「……そ、その……えーと……なんといいますか……」
シズクは人差し指同士をくっつけるようにして恥ずかしそうに俯いている。
周りの冒険者たちはニヤニヤとシズクを見ていて、あたしも思わず微笑ましい気分になる。
あー、なるほど。
どうやら、このシズクはリョウに何かしらの感情を抱いているようだ。
リョウは首を傾げていたので、あたしはそんなシズクの恥ずかしそうにしている姿に助け舟を出してやることにした。
「いいじゃない。ご褒美みたいなもんよ」
「ご、ご褒美といいますか……」
シズクがぼそりと否定するように顔を俯かせていたが、リョウは首を傾げながら頷いていた。
それから、シズクの頭を軽く撫でた。シズクはどうやら撫でられたことに嬉しさと恥ずかしさがあるようで、二つの感情が入り混じったような表情で、最終的には嬉しそうに笑っていた。
その姿をみていたあたしは……心にずきんと僅かな疼きを感じていた。
……いいなぁ、という気持ちだった。
あたしも、シズクみたいに甘えてみたい……。
今のシズクとリョウの関係って、あたしが考えていた兄妹としての完璧な姿でもあった。
「えへへ……あ、ありがとうございます! また、どこかで依頼とかで一緒になりましたら、よろしくお願いいたします!」
「ああ。その時は、俺の仕事を奪うくらいに強くなっててくれ」
リョウがそんな冗談を言ったところで、空間魔法を発動する。出口は冒険者ギルドへと繋がっていて、あたしたちは依頼の達成報告を行った。
外に出ると、夕方になっていて、あたしたちは軽く背筋を伸ばした。
……今日も、あたしは彼に甘えることはできなかったけど……仕方ない。
リョウと別れたあたしは、転移石へと手を触れた。
町へと戻ったあたしは、それからしばらく歩いて孤児院へと戻る。
夕焼けに染まる孤児院からは子どもたちの声が聞こえてくる。
ちょうど庭には先生と子どもたちがいて、私に気付いたエリンがぱっと目を輝かせて声をかけてくる。
「イナーシアお姉ちゃん! これからあそべる?」
あたしの腕を掴んできたエリンを見て、先生が苦笑する。
「こら、エリン。イナーシアはお外で仕事してきて疲れてるのよ?」
「大丈夫です、先生。エリン、約束してたからね。これから暗くなるまで少しあそぼっか」
「うん!」
エリンが嬉しそうに頷くと、他の子どもたちも集まってくる。
先生がちらとこちらを見てきて、少し心配そうにしていたので笑顔を返す。
「イナーシア、大丈夫? 疲れてる時は言ってね?」
「大丈夫です。特に今日は、一緒の仲間もいたんで」
「そう? ……いつもありがとね」
「いえ、先生たちのおかげで今のあたしはいるんですから」
「そうはいってもね。イナーシアにはイナーシアの人生もあるんだから……あんまり無茶しないようにね」
「分かってます。あたしは、皆のお姉ちゃんですから」
あたしは先生に笑顔を返し、子どもたちと遊んでいく。
……ここからは、イナーシアお姉ちゃんとして頑張らないと。
食事のお手伝いをしたり、寝る時には怖がる子どもたちもいるわけで、添い寝をしてあげたり……そんなことをして、頼れるお姉ちゃんとして頑張らないといけない。
……うん、別にその仕事は好きでもあるんだけど……でも、時々猛烈に誰かに甘えたくなる時がある。
リョウお兄ちゃん……。
どうしても心に重くのしかかり、リョウのことを思い出してしまう。
……甘えたい、甘えたい、甘えたい。
一度そのことを考えると、リョウお兄ちゃんに甘えたい気持ちが溢れ出てきてしまって……あたしはその日のことをあまりよく覚えていなかった。
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