第22話



 最近イナーシアの様子がおかしい。

 俺に対して、異常な視線を向けることが多い。まるで何かを言いたそうにも見えるのが、問いかけても彼女は「別に……」とだけ返してくる。


 ……俺が知らない間に何かしてしまったのだろうか?

 正直言って、めちゃくちゃ不安に感じていた。

 イナーシアの様子が変わってしまったのは、この前新人冒険者シズクたちの護衛依頼を受けた時からだ。


 あの日自体はおかしくなかったのだが、その後から彼女と会う時に明確に様子が変わっていた。

 もしも、イナーシアに嫌われてしまったとしたら……わりと、危機的状況ではある。


 ゲーム本編が開始したら、主人公と結託して俺を殺しにくる可能性だってないとも限らない。

 そうしたら、破滅エンドである。……まさか、レイスくんとしてだけではなく、リョウとしても命を脅かされることになるなんて……。


 これでは、リョウとして活動していることの意味がなくなる。

 リョウとして活動しているのは、レイスくんではできない屋敷外の人たちとの交流をはかり、リョウの評価を上げるためなんだしな。


「それじゃあ、ギルドにいって依頼でも受けるか?」

「分かったわ」


 こくり、とイナーシアは明るく頷いてくれ、俺は空間魔法をギルドへと繋げる。

 ……その準備の間も、今隣のイナーシアはチラチラとこちらを見てきている。俺が意識しないようにしても、気になるほどにその視線は鋭く俺に突き刺さる。


 街の人々のざわめきが耳に届く中、それらをかき消すほどにまでイナーシアの視線に意識が向いてしまう。

 ほんと俺何かしたか……?


 精神が乱れると魔法の制御にも影響がでるようで、ギルドへと繋げるのにもいつも以上に時間がかかってしまった。

 俺がそこを潜ると、イナーシアも慣れた様子でついてきてくれる。


 ……嫌っては、いないようなんだよなぁ。

 本当に嫌な相手なら、そもそもパーティーだって解消するはずだ。


 ……少なくとも今の俺はリョウなんだしな。

 これがレイスとしてだったら、貴族と平民と言う立場もあって断るのも難しいのかもしれないが、俺たち冒険者は自由なはずだ。


 ひとまず、一緒に依頼を受けてくれるのなら……いいか。

 これ以上は嫌われないよう、いつも以上に優しくするようにはしないといけないかもしれないが。

 ギルドに足を踏み入れると、今日も朝から冒険者と職員たちで賑わっていた。


 壁には数多くの依頼書が掲示板に貼られ、冒険者たちがそれを取り囲んでいる。

 受付では忙しそうに書類を扱うギルド職員が見える。


 部屋中に響く笑い声や話し声などを聞いていた時だった。

 ギルド職員がこちらへと向かって走ってきていた。


「あっ、リョウさん! 今いいですか!?」


 慌てた様子でギルド職員が駆け寄ってくる。その隣には、今にも泣きそうな顔をしている若い冒険者たちの姿もあった。

 ただごとではないと理解した俺とイナーシアは、一度顔を見合わせてから問いかける。


「どうしたんだ」

「シズクさんたちが、ここから『悪逆の森』近くであふれ出した魔物に襲われてしまったらしいんです……!」

「……なんだと?」


 俺の問いかけに合わせ、冒険者の少女たちが赤くなった目を拭うようにしながら声をあげる。


「わ、私たちを逃すためにシズクさんたちが囮になってくれたんです」


 そう言って、ぐすぐすと泣き出してしまった冒険者たちに、俺は唇をかんだ。

 シズクたちが冒険者を庇うように俺の責任でもあるかもしれない。


 ……困っている人を助けられるような冒険者になってほしい、とかなんとかこの前一緒になったときに話していたからだ。

 その発言自体は間違ってはいないと思うが、それを思って自分の命を賭けるようなことをするのはまた別の問題だ。


 ……ひとまず、この子たちにも悪いことをしてしまったな。

 すぐに俺は目の前の少女たちに、声をかけた。


「気にしなくていい。すぐ助けに向かうから」


 俺は彼女たちの頭を撫でるようにして、落ち着かせる。彼女たちの涙で濡れた顔が、少しずつ平静を取り戻していくのが感じられた。


「あ、ありがとうございます……!」

「悪い、イナーシア……ちょっと予定ができたんだが」

「あたしもいくわよ」

「……そうか。助かる」


 イナーシアが笑顔とともにすぐさま返事をしてくれた。

 

 彼女の様子も普段通りに戻っている。

 こういうところ、イナーシアは本当に頼りになる。

 ゲーム本編でも、皆のお姉ちゃんとしてパーティーを引っ張っていったものであり、やはり頼りになる。


「い、依頼としてこちらで処理しておきますので、お願いします!」


 ギルド職員がすぐに頭を下げてきたので、俺は軽く手を上げてそれに返事をしてから、空間魔法を発動して『悪逆の森』近くへと向かった。

 『悪逆の森』。


 俺は一度も意図的に訪れたことのなかったここは……高レベルの魔物が住み着いているダンジョンだ。

 生い茂る木々や周囲に満ちた魔力からは、思わず体が震えだすほどの威圧感があった。


 俺たちが『悪逆の森』近くへと到着すると、すぐに戦闘の痕跡を見つけることができた。

 荒れた地面にはシズクたちのものと思われる足跡がいくつも見られた。


 ……『悪逆の森』へと、足跡は向かっている。

 恐らくだが、外で戦闘を行うよりは木々を利用したほうがいいと考えたのだろう。


「急ごう。たぶんあっちにいるはずだ」

「……そうねっ」


 足跡を辿るようにして、俺たちは走り出した。

 ……『悪逆の森』のダンジョンは、ゲームではいくつかのエリアに分かれていた。


 エリア1からエリア5までに分けられたここは、数字が大きくなるにつれて魔物が強くなっていく。

 エリア5に出現するような魔物ともなれば、今の俺たちでもどうなるかは分からない。


 木々の間を抜けると……すぐにシズクたちの姿が見えてきた。

 ……怪我を負いながらも、どうにか耐え切っている様子のシズクたち。


 彼女たちは狼のような魔物に囲まれ、なんとかといった様子で立っている。

 あの魔物は、ゲーム本編でも見たことがあるな。


「……う、ウルフェンビーストね。こいつら、エリア3に出現するような魔物よ……?」


 今俺たちがいる場所はエリア1の辺りだろう。

 このエリアに関しては、賢者が作り上げた結界によって分けられているわけで、それらを自由に行き来するということはそれだけ結界が弱まっていることの証明にも繋がる。


 ……スタンピード、とまではいかないがやはり『悪逆の森』が危険な状態であることは間違いない。

 ウルフェンビースト。

 鋭い爪と血赤色の目を持つこいつらは、熊のような体格と見た目ではあるのだが、顔つきは狼そのもの。


 狼と熊を混ぜたような力強さを持っているそうだ。

 群れで行動するようで、ゲームでもだいたい複数で出現していた。おまけに、弱っている獲物をいたぶる性格の悪さも持ち合わせているとかなんとか、モンスター図鑑の説明には書かれていたな。


 少なくとも、冒険者になりたてのシズクたちでは歯が立たない魔物なのは確かだ。

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