第20話



「イナーシアお姉ちゃん! 遊ぼう!」


 そう言って、あたしの腕を掴んできたのは、あたしが育ってきた孤児院にいる子供の一人、エリンだ。

 彼女はきらきらと目を輝かせて、こちらをみてきている。


「ごめんね、今日はこれからお仕事なのよ」

「ええ……お姉ちゃん、今日もお外行っちゃうの?」


 寂しそうな様子で問いかけてくるエリンに、あたしは苦笑を返す。


「ちょっとね。帰ってきたら、いくらでも遊んであげるから、先生たちの言うことを聞いて待ってるのよ?」


 あたしはエリンの目に合わせるようにしゃがんでから、その頭を撫でると、エリンは残念そうにしていたがこくりと頷いてくれた。

 部屋を出ていったエリンの背中を見届けてから、あたしは窓の外へと視線をやる。


 朝。孤児院の外では子どもたちが自由に遊んでいる姿を見ることができた。

 柔らかな陽の中で笑顔を浮かべて駆け回る子どもたちの声が風に運ばれてくるのを耳にしながら、あたしは冒険者としての装備に身を包んでいく。


 普通の服の下に、皮の胸当てなどの装備品を身につけ、急所を守れるようにしていく。

 最後――。壁に立てかけてあった槍を強く握りしめたあたしは、それから街にある転移石へと向かい、ヴァリドールへと移動した。


「来たか」


 あたしがヴァリドールの転移石前へと移動すると、ちょうど転移してきたと思われる人たちがいた。

 周囲へキョロキョロと視線を向けると、すぐに目的の人物の姿を見つけることができた。

 黒い外套に仮面を身につけた男性――リョウ。最近では一緒に活動することも増えている冒険者だ。

 彼は近くにあったベンチに座っていて、あたしがきたことに気付いたところで立ち上がった。


「あれ? 待たせちゃった?」

「いや、別に。それじゃあ行くとするか」


 リョウがそう言ってから、すぐに彼が持つ魔法を放った。

 空間魔法。あたしもその存在について聞いたことはあったけど、魔力消費が大きくロクに使えないという代物だ。


 何も知らない冒険者ならば、リョウの魔法に疑問を抱く人もいると思うが、あたしはこの前のハイウルフとの戦闘を目撃しているわけで、その実力は十分に理解していた。


「今日はどうするのよ?」

「適当に依頼でも受けようかと思ってるが、イナーシアは何かやりたいことはあるか?」

「あたしも別に。お金が稼げればそれでいいわよ」

「そういえば、初めて会った時も金に拘っていたな」


 リョウがぽつりとそう漏らしてから歩き出す。……お金にがめつい女、とか思われたのだろうか?


 あたしがお金を稼ぐ理由は自分を育ててくれた孤児院に少しでも恩返しをするためだ。

 別にどんなふうに思われても構わないと思っていたけど、ギルドへと空間魔法で移動したところで、あたしは彼に言った。


「あたし、孤児院出身でね。そこに寄付するっていうのもあって、お金が必要なのよ。だから、報酬のいい仕事は大歓迎よ」

「なるほどな。報酬か……なら、この依頼とかはいいんじゃないか?」


 リョウが張り出されていたいくつかの依頼書の中から、一つを指差した。

 そこに書かれていたのは新人冒険者の同行を行うというものだった。


 簡単に言えば、引率の仕事であり、確かに仕事内容は簡単なことが多い。

 ただねぇ……。孤児院でも色々と面倒を見ることが多いから、たまにはゆっくり羽をのばしたい気持ちもあるのよね。


 別に、そういうのが嫌いなわけじゃないんだけどね。

 あたしのそんな複雑な心境が顔に出てしまっていたのか、リョウが首を傾げる。


「嫌か?」

「ううん、別にいいわよ。今日はそれにしましょうか」


 ……まあ、報酬がいいのは事実。冒険者には危険な仕事が多い中、この新人の引率は報酬の割に危険が少ない。


 それでも、冒険者にはあまり面倒見の良い人はいないため、依頼自体は不人気なことが多い。

 リョウはすぐに依頼を受けに行き、あたしたちはそのまま新人冒険者と合流し、近くのダンジョンへと向かっていった。



「りょ、リョウさんのこの移動魔法……便利ですね!」


 新人冒険者の一人、シズクが目を輝かせながらぽつりと漏らしていた。

 年齢は十三歳だそうだ。あたしが、冒険者になったときも似たような年齢だったので、彼女にはどこか親近感を覚えていた。

 シズク以外の冒険者も年齢は似たような子たちが多い。


「それはどうも。ここからはダンジョンだ。気を抜くなよ」


 リョウは短くそう言うと、シズクたちもどこか緊張したようすになる。


「まあでも、そんなに肩肘はったって仕方ないわよ。適度に息を抜きなさいよ」


 あたしが苦笑しながらそう言うと、シズクたちは今度は大きく深呼吸をしている。

 ……ま、あんまり気を抜きすぎても困るんだけどねぇ、なんて苦笑しているとリョウが小さく息を吐いた。


「それじゃあ、今日は自由にダンジョンを進んで行ってくれ。危険な魔物がいれば、こちらで対応するからな」

『分かりました! よろしくお願いします!』


 リョウの言葉に、冒険者たちは元気よく頭を下げてきた。

 ……冒険者ってあんまり敬語とかは使わないけど、この子たちはしっかりしている。

 最近は平民でも学校に通う子も増えているので、そういうのが影響しているのかもしれない。


 そんなことをぼんやりと考えながら、シズクたちを先頭にあたしとリョウは後方からついていくように歩いていく。

 まあ、あとはこんな感じでついていくだけだから、イレギュラーが発生しない限りはめちゃくちゃ楽な仕事なのよね。


 思わずあくびが出そうになってしまいそうなほどに

 今回の依頼は、ギルドが出したものだ。ここ最近、新人冒険者たちの負傷事故が多いそうで、なるべく安全な環境で育成したいとのことだ。


 後ろから見ていたが、現れる魔物たちをシズクたちはバッサバッサと薙ぎ払っていく。


「これなら、大丈夫そうね」

「だな」

「……で、あんたはさっきから何やってるの?」


 横に並んでいるリョウからは強い魔力が放たれているのが分かる。


「魔力の操作訓練だ」

「あんた……向上心の塊ね」

「そうでもない」


 それを誇らないのも……凄いのよね。

 だいたいの冒険者って、自分の手柄や実力を自慢する人が多い。


 なのに、リョウはそういうのがない。この前、ハイウルフたちを村から助けたときだって、その手柄を誰かに自慢することもなかった。


 ……そう……まさしくリョウは――理想のお兄ちゃんだった。

 あたしはついつい、そんなリョウの背中をじっと見てしまう。


 あたしが冒険者になった理由は、孤児院への寄付を行うためだけではない。

 ……もう一つ。

 それは、あたしのお兄ちゃんになってくれる存在を探すため。

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