第17話




 ――訓練場。

 俺はゲーリングと向かい合い、いつものように訓練をつけてもらっていた。

 ゲーリングは、兵団の副団長を務めてもらっている人だ。ザンゲル曰く、少し生意気なところはあるが、兵団一の実力者といわれるほどの人間だ。


 試しに、戦ってみてはと言われたので……今の俺はゲーリングと模擬戦を行っていた。

 観客には兵士はもちろん、リームも来ていた。今では、彼女がここにいるということもおかしなことは何もない。


 あの日。リームが俺の正体に気づいてからというものの、リームの俺への接触が増えまくっていた。

 俺の匂いを嗅ぐためという理由はもちろんのこと、ハイウルフとの戦闘によって自分を鍛えなおしたいと思ったらしい。


 そんなことを考えていると、ゲーリングの動きが加速する。

 ……戦闘前。こちらを見てきた表情はどこか落ち着いた冷静なものだったが、戦闘が始まってからその表情はどんどんと険しくなっていく。


 俺が、彼の攻撃のすべてを捌ききっているからだろう。ゲーリングの師がザンゲルだからか、二人の動きはどちらも似ている。

 だから、俺としては彼の動きは手に取るように分かった。


「……ッ!」


 向かい合っていたゲーリングの表情が一掃険しくなり、攻撃を叩き込んでくる。片手に持っていた剣を最速の動くで振りぬいてくるゲーリングは、確かに脅威だ。

 だが、俺はそれらの攻撃を両手で持った短剣で捌ききる。


 攻め込んでいるのに、攻めきれない。そんなゲーリングの焦りが表情に出ているのがよく分かる。

 動きが乱れたその瞬間。俺はそれまでの防御に回っていた動きから、攻撃へと転じる。


 ゲーリングが攻撃のために踏み込んだ瞬間、俺はゲーリングの側面へと回る。


「……!?」


 驚いた様子の彼が慌てて剣をこちらに向けてきたが、力の乗っていない一撃はあっさりと短剣で弾けた。


 さらにそのまま一歩を踏み込み、俺はゲーリングの首元へと短剣を突き付けると、ゲーリングはぎゅっと唇を結んだ。

 悔しそうな表情をしていたゲーリングを一瞥したザンゲルが、こちらへと拍手をしてくる。


「そこまで。レイス様。お見事でした」

「いや、ザンゲルの指導のおかげだ」

「いえ、レイス様の努力の賜物です」


 ザンゲルがそう言ってくれたが、俺の急成長にはザンゲルが大きく関わっている。彼の【指導者】スキルのおかげで、俺の基本ステータスは跳ね上がっているわけだからな。


 もちろん、リョウとしての活動も関係しているが……あちらはあくまでレベル上げがメインだからな。レベルには限界があるわけで、基本ステータスを伸ばすには【指導者】スキル持ちの協力が必須だ。


「……」


 ゲーリングは悔しそうな表情を浮かべている。

 ……まあ、彼の性格を考えればそれも無理はないか。

 かなりの天才肌の人らしく、自分の腕には自信があるようだからな。


 まあ、ゲーム知識を持って鍛えている俺との戦いなんだから、なかったことにしてくれてもいいんだけどな。

 そんなことを考えていると、リームが持っていたタオルをこちらへと持ってきて、手渡してくれる。


「見事だったわね」

「……まあ、今回はうまく行っただけだけどな」


 次も同じように戦って勝てるかどうかは分からない。

 ただ、ここ数ヶ月。

 毎日訓練をしていたおかげで、この兵団の中でも俺はトップクラスの実力に到達したのも事実だ。


 ……数ヵ月で、ここまでもってこれたのは早いとみるか、遅いとみるべきか。

 本物のゲームのプレイ時間ならば、十時間もあれば今の俺くらいまでは鍛えられていたと思うので、リアル時間だとずいぶんとかかってしまったな。


 基礎訓練時に得られる経験値を数倍にしたし、戦闘時に得られる経験値も装備品で補っている。

 ……これでようやくまだここからだ。



                                                                                                                                                                                                                                                                                                                

 結局のところ、スタンピードでどのレベルの魔物と戦うことになるかが分かっていないため、どこまで強くなればいいのか分からないのが問題だ。                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                           


 汗を拭き終わったタオルを、リームがじっと見てくる。ワクワク、といった様子でこちらをじっと待つ姿は、さながら忠犬が餌をねだるかのよう。


 俺がタオルを近づけると、リームが顔を寄せてくる。なので、さっとひくと、リームが不満そうにこちらを見てくる。


「まだお預けってことかしら? そういうプレイってことね?」

「……違うから。お前、本当にこれの臭いを嗅ぐのか?」


 自分でもわかる程度に、汗臭いと思うんだけど。

 だって、普段の俺は訓練後にシャワーを浴びて汗を流すほどだ。

 しかし、リームはこくこくと頷き、半ば狂ったような目でタオルをじっと見てきた。


「ええ、もちろんよ。今もこう、レイス様からの香りでもう眩暈がしそうなほどなのよ? さあ! 早く、それを寄越してちょうだい!」


 ぐいぐい! と圧力をかけるようにしてタオルへと手を伸ばしてきたリームに……俺は若干顔を引きつらせつつも、彼女へとタオルを差し出すことに。

 リームは即座に顔へとタオルを押し付けると、表現できないような声をあげながら、幸せそうに顔へと押し付けている。


 ……こ、怖いよぉ。

 だが、俺としてもリームのそれを無視するわけにはいかない。リームの状態を……よく確認する。

 ……彼女は……明らかに様子が変なのだ。……いやまあ、見ての通り変なのは確かなのだが……それとは別のある状態になっていることが分かる。


「ふふ……ふふふふふふ……ふぅぅ……っ!」


 喜ぶように笑っていたと思ったら、歓喜の雄たけびをあげている。……周りの兵士たちはドン引きしていて、何やら俺に対して同情的な視線を向けてきている。


 ……兵士たちや使用人たちの俺への態度が軟化していることに、リームは間違いなく一役買っている。

 そんなリームの魔力は……俺の匂いを嗅ぐ前と後で、明らかに違う。こうして、目の前で対面しているとリームの濃い魔力を感じ取ることができるのだが……その質が変化している。


 ……そこで俺は原作でのリームについてを思い出していた。

 原作で登場するキャラクターたちの中には、『アドレナリンブースト』と呼ばれる……まあいわゆる必殺技みたいなものを持っていた。


 攻撃を受けたり、喰らったり、あるいは攻撃を与えたりすることで、この数値は溜まっていく。

 アドレナリンブーストが発動すると、一定時間ステータスが増加するなどの恩恵があるのだが……今のリームってまさか――。


 アドレナリンブーストは、強く感情が揺さぶられると発動することができる、とゲームでは解説されていて、実際戦闘によるダメージ量などでそれらは管理されていたのだが……要は、スポーツなどで聞くゾーン状態みたいなものだ。


 このアドレナリンブーストは、ゲームのシナリオを一定以上進めたときに開放されるのだが……まさか、もうリームは習得しているのか?


「……ふ、ふふふ……っ」

「……リーム、ちょっといいか?」

「何かしら?」

「ちょっと、戦ってみないか?」

「え? 今からかしら? 今は、あなたの匂いを一秒でも多く肺にため込んで、全身を満たしていたいのだけど……」

「軽く体を動かしたら、また新しいタオルで汗も拭けるが……」

「再入荷ね!? いいわ! ぜひともやりましょう!」


 アホなことを言わないでほしい。

 リームが満面の笑顔とともに身に着けていたレイピアを掴む。ハイウルフ戦で使っていたものではなく、訓練用のレイピアだ。

 彼女に渡した装備品はそれだけではない。


 リームには、基礎訓練時のステータス補正をあげるための装備品をすべて渡してある。

 どうせ訓練するなら、無駄のないほうがいいからな。リームだけではなく、ザンゲルたち兵団のメンバーにも、可能な限り支給はしてある。


 別にそこまでしなくてもいいと思うが、せっかく訓練しているんだし、効率よくしたい。

 ……まあこれはゲーム好きとしての拘りだな。

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