第16話


 ……リーム。


 ゲーム本編では、クールな参謀タイプのキャラクターだった。

 確かに、人の嘘を見抜くのが得意なキャラクターだった。その時の決め台詞に、「臭いが変わったのよ」というセリフがあった。

 まさか、あのセリフの意味が……文字通りだったなんて……。


「……まさか、それで俺とリョウを断定したなんて」

「あの時着ていた外套に、あなたの匂いがしみ込んでいたのよ! もう、あんな恰好で現れるなんて、正体をばらしているのと同義よ?」

「同義なわけあるか!」

「私があなたとリョウが同一人物であることを見破ったのはそれが理由よ。分かったら、ご褒美が欲しいわ」

「……ご、ご褒美?」

「あなたの匂いを堪能させてほしいわ……っ」


 そう言って、リームがジリジリと近づいてくる。

 飛びかかってくる彼女をかわしていると、リームがむっと頬を膨らませる。


「リョウがレイス様ってこと、バラしてもいいのかしら!?」

「……いや、それは――」


 やめてくれ。原作に明らかに影響が出る可能性があるわけだからだ。


「なら、交換条件よ。スーハーさせなさい」


 ……卑怯だ。

 リームに脅された俺は逃げることができず、リームにぎゅっと抱きしめられる。


 ソファへと押し倒されると、リームは犬が甘えるかのように鼻を俺の体に押しつけてくる。

 彼女の柔らかな胸や体を押し付けられ、一瞬ドキリとするのだが、


「はあああああああ!」

「なんだいきなり!」


 すぐに彼女の奇声に現実へと戻される。顔を見ると、やべぇ顔をされていた。


「ファンタスティック! たまらないわ! 全身をレイス様の香りに包まれるこの感覚! 香りが体の外側だけではなく、内側まで浸食していく感覚……! もう今の私のすべてがレイス様によってぬり変えられていくわ……!」


 ……リーム。

 狂ったように叫び続けるリームにしばらく匂いを嗅がせる。


 それから少しして、ようやくちょっとは落ち着いてくれたリームを引きはがし、向かい側のソファへと座らせる。

 俺は頬を引きつらせながら問いかけることしかできない。


「……とりあえず、リョウが俺だってことは黙っててくれないか」

「嗅がせてくれるのならいくらでも黙っているけど、どうしてなのかしら?」

「バレると家族に何を言われるか分からないだろ」

「今のあなたなら、余裕でボコボコにできるのではないかしら?」

「……貴族は、そんな簡単に片付く世界じゃない」


 力で下剋上が許されるのならいいが、そんな時代じゃない。

 仮に、俺が両親に対して暴れたところで、ただただ俺が罪人として国に追われるだけだ。

 それは俺としても本意ではない。


「それもそうね。リョウとして活動しているのは……家族にバレたくないからだけなの?」

「ああ、そうだな。それとまあ今のうちに、少しでも強くなっておきたいんだ」

「……どうして?」


 当然、その疑問はあるよな。

 強くなっておきたい理由には色々とあるが……それをどこまで正直に話すべきか。

 前世のことなどを話したところで、恐らく変な奴だと思われるだろう。


 ただ、中途半端な嘘を吐いたとしても、恐らく彼女には見破られるはずだ。

 ……本当のことを話すとして、少し内容を変えようか。


「夢を見たんだ」


 そういった瞬間、リームが驚いたように目を見開く。


「……夢?」

「ああ。……少し前。俺は自分が死ぬ場面の……夢を見た。……その時の俺は、あまりにも弱くて、何もできずに……殺された。……なんだかやけに現実感があってな。その……夢を変えるために今から何かできないかと思って、な。まあ、夢だからあんまり気にする必要はないのかもしれないけどな」


 本当のことを話すために、夢とか使ってみたが……さすがに難しいか? さらに追及されたらどうしようかと困っていると、リームはそれまでのちょっとおかしな様子から一変し、真剣な表情とともにこちらを見てきた。


 どうしたのだろうか? それから、彼女の美しい唇が震えた。


「私も……村がハイウルフに襲われた日に、夢を見たの。……ハイウルフたちが村を襲って……そして、お父さんが……食い殺されてたわ。……夢の中で、お父さんを助けることはできなくって……凄い……現実味のある悪夢で……驚いて目が覚めたのよ」

「……」


 ……それは、ゲーム本編でリームが語っていた内容と合致する。

 「でも」、といったリームはそれからこちらを見て柔らかく微笑んだ。


「……でも、正夢にはならなかったわ。……それは、あなたが助けに来てくれたからよ」

「……それは、たまたまだ」

「そうかもしれないわね。……今日ここに来た理由はそれよ。あなたの匂いを嗅いで、ついでにお礼も言いに来たの」

「そっちがついでかい」


 俺がそういうと、リームは柔らかく微笑んだ。


「冗談よ。あなたは……本当に変わったわね。前までなら、こんな冗談言ったら何をされたか分かったものじゃないわ」

「……夢を見て、な。その……まあ、色々とすまなかった」


 ……ここまで話した以上、リームとの関係が変化することは避けられないわけで……ならば、彼女にしてきたセクハラ行為などは謝罪をしておいたほうがいいだろう。


「気にしなくていいわ。……ありがとう。あなたのおかげで、私は……大事な家族と今も一緒にいられるわ」


 それまでの奇行を忘れてしまうくらいに美しい笑顔を浮かべるリーム。

 ……改めて、彼女がゲームでの人気キャラクターだったと思い出させられる笑顔を見て――彼女のために動いて良かったと思う。


「……そうか。とにかく、偶然とはいえ……助けられてよかったよ」

「ええ、そうね。……それじゃあ次は、私の番ね」

「……どういうことだ?」

「あなたが、死ぬかもしれない未来。それを変えるために私も戦うってことよ。私だって、それなりに戦えるのよ?」


 笑顔とともにウインクをしてきたリーム。

 ……心強い仲間ができたな、と嬉しく思う反面。

 ゲーム本編が開始したらどうなるのかという考えも脳裏をよぎったが……まあ、細かいことは気にしないでおこうか。

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